どこいっきょん?

岡山・香川の史跡を中心に、マニアックに迫ります。

ふるさと探訪・城跡めぐり~丸亀城~(5月26日)に参加して(1)

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 お城の北側。集合場所の大手門に向かいます。お堀の水が抹茶みたいになっていました・・・。

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 大手枡形で受け付け。最初に断っておきます。以下、教えていただいたことばかりです。「~だそうです」を繰り返すのも読みづらいでしょうから、省略します。

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 花崗岩で切り込みハギ(隙間なく加工)。大手門や外回りは見栄えを気にして、きれいな石垣。特に、正面には大きな鏡石を使用。ちょっと前まで、日陰を求める方々が壁際に集まっていました・・・。

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 北側のお堀端。向こう側の石垣と比べ、ここから見て縦のラインの石垣が少し低くなっているのは、お城周辺が軍隊のものだった戦時中、軍隊が少し削っちゃったらしい。気にしたことがなかったけれど、そんな歴史があったことにビックリ。

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 外回りはきれいに加工しています。角は算木積み(チャックみたいになってます)。

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 東側の80mにわたる野面積みの石垣。雑に積み上げています。最も古い生駒氏時代のものと考えられてきましたが、調査・積み直しの結果、遺物や加工した石の矢穴の形から寛永期以後に積み直されたものと分かりました。水が流れて崩れやすい場所らしいです。地面の下に2m程(?ちょっと記憶があやふや)埋もれているそうですが、角度がもっと急です。自然に埋もれたのか、埋めちゃったのか、質問してみました。もちろん、いくぶん崩れてきた土砂も溜まっているが、石垣の角度も違うし、丈夫にするため埋めたのだそうです。

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 南側から登ります。

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 栃の木御門。

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 山崎氏時代の大手門だったと考えられています(北側に現在残る大手門は次の京極氏時代のもの)。次の写真は、右側の石垣です。

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 見栄えを考えて、間詰め石がぎっしり。きれいに作られています。

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 門の跡と考えられています。

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 その大手門の左側。ノミで表面をきれいに加工した大きな石が、下の石に斜めに食い込んでいます。京極氏が改修した部分です。

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 算木積み。いったんすぐ下の段に降りて、南側から回ります。

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 帯曲輪南石垣。タテの線刻が残っています。積んだ後で仕上げる予定が、そのままになったようです。なぜ…?

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 説明してくださった教育委員会職員の方が、一番好きだという正面の石垣。山崎氏時代初期のもの。「正保城絵図」に描かれているそうです。

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 南側をさらに西の端へ。南の方は硬い岩盤がないそうです。特に角には櫓も載るし、沈下を防ぐため、ちょっと外側に地面の下に基礎石垣というのが硬い岩盤まで埋まっているそうです。さらに、これを守るのが帯曲輪だそうです。

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 根石というもの。写真に全く写っていないのが残念ですが、上に載る石の位置や石垣の勾配を示す線刻があります。

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 西側です。膨らんできている部分があります。
 
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 下の方、真ん中あたりの石は、重量で割れたそうです。

 (つづく)

  1. 2013/05/29(水) 21:55:02|
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屋嶋城跡城門遺構・第3回現地見学会に参加して(高松市5月25日)

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 昨年11月23日のブログもぜひ見てください。前回の現地見学会の様子を載せています。
 今回、完成した部分へと向かいます。

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 おっ、出た。

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 実は、全部完成したのかと勘違いしていました。完成は平成27年になるそうです。向こうの端の、さらに向こう、入口になる所からあちらが未完成です。

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 日本書紀の記述を見せてくれています。

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 663年の白村江での敗戦後、唐・新羅連合軍に備えて西日本各地に作られた朝鮮式山城(坂出市・城山遺跡は11月13日のブログ、総社市・鬼ノ城は11月15日のブログで紹介)の一つです。

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 屋島が島だったときを再現した絵(源平合戦のときもまだ島です)。

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 その想像図。

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 今回、入口から向かって右の石垣が完成。

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 茶色が出土した石で、黒っぽいのはよそから持ってきた石。材質は同じ安山岩で、もとからあるのも茶色いのは表面だけで、割れば黒いそうです。

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 端っこ。この横が入口。石積みから飛び出ているのは、重量を計測する装置なのだそうです。

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 真ん中辺りが膨らんでいるのは、わざとです。飛び出た岩盤などを利用しているので、もとから自然にこうなっていたそうです。近世城郭の石垣が圧力に耐えかねて飛び出てきているのとは違い、安全です。また、安全性の面から、見えないところでは現代の工法を使って補強しているようです。

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 真ん中の大きい岩が岩盤です。

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 さて、戻る時間が来ました。見学の第2班と交代です(四国新聞には訪れた市民約300人てありましたが、第1班は整理券75番まででしたが・・・?)。

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 上から見たところ。土も酸化マグネシウムを混ぜて強化しています。

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 左側が完成した部分。いい景色です。

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 完成が楽しみです。屋島は何回か紹介しましたが、絶景ポイントが多いです(まだ、北嶺からの眺めをお見せしていませんので、そのうち紹介します)。香川県人にはおなじみの屋島ですが、他県の方はびっくりすると思います。頂上の平らな部分を囲む線は7kmにわたり、その多くの部分が断崖絶壁です。

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 完成したら、ここは史跡&絶景ポイントになると思います。

  1. 2013/05/26(日) 19:55:47|
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一の宮公園のイサム・ノグチ遊具彫刻(観音寺市)

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 イサム・ノグチ設計の遊具彫刻です。

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 イサム・ノグチさんと活動をともにしてきた彫刻家・和泉正敏さんが設置しました。

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 22基設置されています。北海道のモエレ沼公園に次ぐ多さだということです。

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 手前は真っ黒で見えないのですが、「イサム・ノグチと遊ぼう」と書かれています。 

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 7月20日の海の日に、ちょうど真ん中に夕日が沈むそうです。

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  1. 2013/05/23(木) 19:34:38|
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太田原高州遺跡(高松市太田上町)

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 5月18日に、弥生時代の遺跡「太田原高州(おおたはらたかす)遺跡」の現地説明会がありました。琴電・太田駅から少し歩きましたが、予定(13:00)の1時間前に到着。無人です。とりあえず、うどん屋さんを探し、腹ごしらえをしてから戻ることにしました。

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 今度は少し気の早い人々のために、話をしてくれていました。親切。こんなことでも、内心うれしくなります。昨今、あとで何かあったら責められたくないばかりに、マニュアルから1ミクロンもはみ出すものかという世知辛い世の中(特に公務員)。私も早速、質問しました。
 向こうが西です。

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 西の端です。その向こうは発掘が終わり、埋め戻されています。埋め戻されたあたりは方形周溝墓(四角い溝の内側に盛り土をして、棺を納めるもので、身分の違いが現れています。弥生後期には墳丘墓も出現)がたくさ見つかっています。溝の端っこだけが見えている状況。

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 北を見ています。左端が、先ほどの西端。で、今回の部分からは住居跡が見つかっています。

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 写真中央に、薄く青い囲みが見えますでしょうか。柱の穴が四隅に発掘されています。6畳ほどの小さな建物です。

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 こちらは柱も多く、少し大きめです。穴が大きくても、柱は同じく10㎝角ぐらいと想定されています。穴が大きいのは、構造物によっては建てながら位置を調整するためだそうです。「建物が大きい分、深く掘るためではないのですか?」と尋ねてみると、それも考えられるということでした。

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 今回の東端にちょこっと一部顔を出した建物跡。
 土器(放射性炭素14)などから詳しい年代測定ができることはご存じだと思うのですが、発掘済みの西側の墓は弥生中期(2000年前ごろ)で、住居跡は弥生後期(卑弥呼のいた3世紀ごろ)で、おそらく、この住居を立てた際は、まだ、お墓がちゃんと見えていて、これを避けたと考えられるのです。というのも、お墓地区でも、ずっと後の1300年前の建物跡が見つかったそうで、もうそのころには方形周溝墓は原形をとどめていなかったものと考えられます。

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 1300年前ごろの建物跡の一部(赤で囲った部分)が、今回の発掘部分に食い込んでいます。

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 少し掘り下げると、石がゴロゴロ。

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 縄文時代ごろの土石流跡らしいそうです。

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 地層の灰色の部分は、まだ新しい田んぼだった所のようです。

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 灰色の下は黒っぽくなっています。この黒っぽいのを取り除くと、柱の穴などが出てきたわけです。こういう、発掘の様子も教えてくださり、本当にありがたかったです。柱の穴をつなぐテープも時代で色分けしてくださったり、いただいた資料にもそうした工夫がありました。

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 これは謎らしいです。小さいほうのへこみの周囲が赤く焼けていて、カマド(古墳時代に出現)のようなのですが、カマドだと、写真右側の方が深く掘ってなければならないそうです。焼けている部分も小さく、焼き物の窯とも考えられず、困っているそうです。

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 以下、前回の西側の墓部分からの出土品です。

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 方形周溝墓の発掘の様子。

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 棺の跡。

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 棺から出てきた水晶の小玉7点と、碧玉製の管玉(くだたま)。

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 この時期の水晶玉は珍しいそうです。あと、唐古・鍵遺跡(奈良県)と、製作工房のある奈具岡遺跡(京都府)ぐらいだそうです。どんなつながりがあったのでしょうか。謎が謎を呼びます。



  1. 2013/05/20(月) 19:11:49|
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阿波国分寺庭園

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 四国八十八ヶ所・第15番札所・薬王山國分寺です。1741(寛保元)年に阿波藩郡奉行・速水角五郎が伽藍を再建、1746(延享3)年に曹洞宗のお寺になりました。庭園はもっと古く、桃山時代のデザイン・様式をよく残していて、学術的価値が高いそうです。

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 庭園がなんともすごいんです。本堂(入口は左側で、庭園の外からしか入れません)が風景と一体化しています。

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 NHK・BSの外国人が日本を旅する番組で見て、なんだこれはーっ!と衝撃を受けたのがきっかけで見に行きました。

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 右の方に滝があって、川となってこちらに流れてくるという想定。

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 ずうっと右の方から眺めてみました。

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 阿波の青石が使われています。

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 今度は左の方から。

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 本堂の前まで来ました。この橋を渡っても、下をくぐっても向こう側へ行けます。

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 本堂の横に出ます。正面の石の陰に隠れて先ほどの橋があります。

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 覗きに行くとこんな感じ。

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 本堂横は、こんな所にまで細工が。

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 本堂の裏側(さっきから、庭園で最初に見えた姿を勝手に正面ってことにしています…)。

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 本当は、これは裏側じゃなくって、側面(写真右が本堂入口)。

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 本当の正面。

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 再び、トンネルをくぐって戻ります。

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 トンネルを出た位置から、庭園入口方向を見る。

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 いや、よかった、よかった。余計なものまで報告しましたが、何といっても、この眺めです。入場券に、重森美鈴さんが「日本庭園中での第一級品」と評価したと書いてあります。そのせいかどうかは分かりませんが、2000年に国の名勝に指定されました。

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 ここに住むわけにもいきませんので、これで見納め。

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 大師堂跡というのも残っていて、再建のための募金をしているようです。
 ところで、お寺では庭をアピールする様子もなく、奥まった納経所でお金を払って入るようになっており、庭目当てでない方が気付かない可能性もあります。
 ちょうど、お遍路さんの恰好をした方々が何人かお参りに来られていました。外国人もまじっていました。『お庭はご覧になられました?』と言ってあげたかったのですが、余計なおせっかい、変な人になりそうで黙っていました…。『見てなかったら気の毒だなあ』と、いまでも思います。一見の価値ありです。

  1. 2013/05/17(金) 18:11:55|
  2. 名勝
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詫間町の伊能忠敬宿泊地(三豊市)

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 詫間駅すぐ南の住宅街の中に「伊能忠敬本陣跡」の碑が立っています。伊能忠敬が宿泊した家でちゃんと残っている所としては、以前(12月24日のブログ)、東かがわ市の日下(くさか)家を紹介しましたので見てください。

 凝り性なので、毎回、かなりの写真になってしまうのですが、この先、内容が減ったり、更新が少し滞るかもしれません。いつも来てくださっているみなさんには、期待を裏切るようで心苦しいのですが、アレコレやりたいことが増え、何かを減らす必要にかられてという勝手な事情です。すいません。よろしければ、これからもどうかときどきお立ち寄りください。

 今回は、もう一つ、どこで出そうかなあと思っていた写真を載せます。

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 満濃池のほとりにある神野寺です。右の石碑にご注目ください。

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 榎本武揚の名が見えます。こちらのお坊さんに尋ねたのですが、これが何なのかよく分からないということでした。微妙な情報でした。



 

  1. 2013/05/14(火) 21:54:08|
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備中松山城(岡山県高梁市)

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 臥牛山に登り始めるとすぐ、牛麓舎(ぎゅうろくしゃ)跡があります。藩校・有終館学頭の山田方谷が自宅に開いた私塾・牛麓舎があったところです。

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 鞴(ふいご)峠駐車場までシャトルバスが往復しています。私は何故かここまで自家用車で登りました。「何故か…」というのは、シャトルバスは休日に運航しているので、平日に出かけたことになるからです。岡山で仕事をしていたときは、平日は残業のうえ仕事を持ち帰り、休日の半分以上は出勤のうえやはり仕事を持ち帰るという日々でしたので、平日にどこかに行くのは珍しいわけです。
 鞴峠まで、対向車がすれ違えない危なっかしい道の連続だったので、バスのある日に来なかったことをとても悔みました。運転が下手な上、高い所が苦手なので。ここからは、普通の方なら20分ぐらいで上までいけます。

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 途中略で、一気に、でましたーっ!と感激した場所へ。

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 いよいよ天空の城へ。現存天守では日本一高い場所にあります。

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 いかつい。

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 ででで、出たーっ。

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 ちょっと風景などを眺めて気持ちを落ち着かせます。

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 いいですねー。苦労してきたかいがあります。

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 説明板にあるとおり、城主が目まぐるしく変わっています。江戸時代になって、1683(天和3)年に水谷勝宗(みずのやかつむね)さんが現存天守をつくってからも、安藤氏→石川氏→板倉氏と変わっています。

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 天守(国指定重要文化財)です。

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 内部はこんな感じ。

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 石を落とす仕掛けなどはあまり珍しくありませんが、囲炉裏って珍しくないですか?

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 天守閣の裏へ回ります。

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 二重櫓(国指定重要文化財)です。山の全体図(2つ目の写真)にあるように、この向こうにまだ史跡がありますが、普通ここ(小松山城跡)までしか行きません。私も十分満足。

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 さて、帰り道です。2月ごろで、まだ雪が残っています。

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 いつまでも見ていたい気持ちを振り切り振り切り帰ることに…。

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 いかつい場所で、また感心。

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 こんな山奥にあるため、実際の政務は麓の御根小屋と呼ばれる所(現岡山県立高梁高等学校)で行われたようです。といっても、お掃除とか見張りとか、誰か山に登って勤務したことでしょう。結構めんどくさかったと思います。
 悔いが残るのは、御根小屋の石垣を写真に撮り忘れたこと。高梁市近辺は仕事の関係でも何度も行っていて、まあ、そのうちと思っていて忘れたパターン…。







  1. 2013/05/13(月) 22:48:44|
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高梁市石火矢町・武家屋敷(岡山県)

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 武家屋敷が並んでいた通りです。

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 旧折井家です。建物は天保年間(1830~44)に建てられたものです。

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 160石の馬回り役だったそうです。けっこう位が高い武士です。のっそりと品のある武士が出てきそうな感じ。

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 しばしお待ちを・・・かな?

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 こないだのテスト、隣の埴原様のおぼっちゃんに負けたのです。まあ、よいではないか。次にがんばればよい。はい、父上。あなたがそのように甘やかすから・・・。

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 他にも鎧や衣装、鉄砲などが展示されています。剣術の図解みたいなのもありました。

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 なかま部屋ではなく、ちゅうげん部屋です。

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 こちらの通りにあります。備中松山城のある臥牛山(がぎゅうざん)が見えています。

  1. 2013/05/12(日) 21:12:04|
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高梁市の町家などの風景(岡山県)

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 松連寺は、最初の備中松山藩主・水谷勝隆(みずのやかつたか)さんが、戦争の時には城として使えるように作らせたといわれています。

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 文化財等は非公開です。残念。

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 高い石垣の上なので、見晴らしがいいです。

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 隣の薬師院は『男はつらいよ』のロケ地。やはり、城のようです。

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 こちらは、少しは離れた場所にある頼久寺です。ここは内部が公開されています。

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 頼久寺庭園は小堀遠州さんの作庭で、国指定名勝です。

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 古い町屋がたくさん残っています。

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 紺屋(こうや)川。いい雰囲気です。

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 藩校・有終館跡。山田方谷さんが学頭を務めました。

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 花屋跡。松山藩の経済改革を成功させた山田方谷先生に学ぼうと、河井継之助さんがやってきたとき、始めここに宿泊したそうです。

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 いい感じの街並みです。

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1889(明治22)年に建てられた高梁キリスト教会堂です。








  1. 2013/05/11(土) 21:54:34|
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高梁市商家資料館(岡山県)

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 小間物業や醤油製造で栄えた池上家です。商家資料館・蓄音器の館になっています。

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 左手にお店になっていたと思われる、少し広めの部屋があります。

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 池田家は享保年間(あばれんぼうの将軍・吉宗のとき)からこの地に財を築き、建物は基本的に1843(天保14)年に建てなおされたものだそうです。

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 レコードもたくさん置かれていました。最初の頃のレコードはずしっとしていたような記憶があります。針は釘かと思うようなのを使っていました。

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 レコードが聞けて、コーヒーも飲めるということでしたが、私は観光客が行ったり来たりする中では落ち着かないです。

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 香川県人としては、笠置シズコを入れてほしい。

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 す、すごい。

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 携帯・・・したんでしょうか? 
 肝心の醤油製造工程や、帳簿類などの資料は割愛しました。



  1. 2013/05/10(金) 17:08:15|
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高梁市成羽美術館(岡山県)

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 高梁市成羽美術館です。で、どこが史跡なのかというと、この石垣です。

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 山崎氏御殿跡です。丸亀市の方にとって、山崎氏はおなじみです。讃岐一国を支配した生駒氏が改易になった後、高松は徳川光圀さんの兄・松平頼重さんが藩主となり、丸亀藩初代藩主として山崎家治さんが入り、丸亀城を大改修しました。

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 丸亀の山崎氏は3代目が夭折して改易になりましたが、おじさんの山崎豊治さんが5000石を受け継いでいたことから、幕府は成羽に5000石を与えました。以後、旗本として明治まで存続しました。
 ちょっと、ややこしいのですが、山崎家治は因幡若桜3万石→備中成羽3万5千石→肥後天草4万石→丸亀5万3千石という経歴をもっていて、成羽は山崎氏の旧領ということになります。

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 で、先ほどから見えている入口付近が・・・

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 大手門跡です。

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 上はこんな感じ。

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 美術館は素晴らしい建物です。2度ほど企画展を見に行った思い出があります。

  1. 2013/05/09(木) 21:29:16|
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高梁市郷土資料館(岡山県高梁市)

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 高梁市郷土資料館は、1904(明治37)年に建てられた旧高梁尋常高等小学校本館です。

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 さっそく中へ。

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 昔の看板がたくさん。

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 戦争色の濃くなったころの子どもの遊び。

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 磁石式電話交換機??? 他にも古いラジオやら、所狭しと展示されています。

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 ネコいらずの看板に迎えられつつ2階へ。

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 二重折上格天井(おりあげこうてんじょう)の講堂です。

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 奉安所です。ここで初めて見ました。御真影と教育勅語が収められました。

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 教育勅語です。

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 真実一路。山本有三さんの『真実一路』を思い出しました。内容が思い出せません・・・。子どもが主人公、盗難の話かなんかがはじめに出てきたこと、感動した、ってことしか思い出せません。

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 踊り場から。

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 同じく踊り場から。木造校舎世代としては、階段の雰囲気にも泣けてきます。

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 などと甘っちょろいことを思って外へ出ると、山田方谷先生が背筋を伸ばして立っていました。

  1. 2013/05/08(水) 20:57:17|
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吹屋3(岡山県高梁市)

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 ベンガラ工場を再現した「ベンガラ館」です。

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 銅山から出てくる硫化鉄鉱という、もともと要らないものを加工して赤い顔料をつくったのがベンガラです。ここ吹屋で最初に発明されました。

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 硫化鉄鉱からできるローハというものが左で、これを焼くと赤い色が現れます(ひとつ前の写真が皿にローハを入れてたくさん重ねて焼いている所)。不純物を洗い流すと右のようにベンガラの完成です。

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 こんな感じで売っていたようです。

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 焼いたローハを洗う場所。

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 江戸時代から大正時代まで操業した銅山・笹畝坑道です。他にもたくさん坑道があったようですが、現在残っているのはここだけです。

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 さっそく中へ。ただし、ヘルメット着用が義務付けられています。

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 働いているひとが・・・。

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 ベンガラのもと、硫化鉄鉱です。

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 がんばってます。

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 だいぶはしょってますが、実際は結構長いです。中は涼しく、日本酒を保存している所もありました。

 ベンガラは公害を発生させ、一時、衰退しました。その後、安全なベンガラが開発され、以前紹介した西江家などでつくられています。



  1. 2013/05/07(火) 21:04:28|
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丸亀お城まつり(4)

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 ものすごい数の獅子舞があちらこちらで披露され、和太鼓に負けないにぎやかさ。

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 最後は、徳島県から来てくださった阿波酔連のみなさんです(14:00~)。その後もいろんな行事が20:00まで続くのですが、私はここらで電池切れになりました。

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 2日間、大満足な行事が同時進行であちこちで繰り広げられ、物産展、屋台やフリーマーケットも数知れず、お化け屋敷、若者向けのステージ、さらには、離れた場所で連動した行事が行われ、最低限見たいものだけでも全部見るのは不可能。だれもが満腹になったと思います。来年も楽しみ。

  1. 2013/05/06(月) 19:39:35|
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丸亀お城まつり(3)

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 5月4日の和太鼓演奏、3組です。最初と最後が善通寺の龍神太鼓でした。

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 和太鼓演奏を写真で紹介する意味があるのかどうか不明ですが、いたく感動したので、勝手な思い入れでいっぱい載せます。

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 2番手は高松市の国分寺太鼓のみなさん。

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 3番手は大野原の龍王太鼓の皆さん。

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 最後は、再び龍神太鼓のみなさん。なんと、世界的に活躍していて、日本コロムビアからCDも出していることをあとで知りました。香川県教育文化功労表彰や県知事表彰も受賞。四国を代表する存在なのでした。

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 大迫力の90分でした。

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 トラックまでかっこよく見えてきました。

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  1. 2013/05/05(日) 20:48:23|
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丸亀お城まつり(2)

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 延寿閣別邸で箏の演奏がありました。

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 旧丸亀藩主京極家の別邸・延寿館を移築したものです。

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 中はめったに見られません。

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 太鼓台が6つ登場。

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 お城まつりは本日で終了しましたが、写真はまだ昨日分なのっで、もう少し、お付き合いください。


  1. 2013/05/04(土) 20:09:53|
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丸亀お城まつり(1)

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 直真影流薙刀術のみなさん。

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 おなじみ、丸亀鉄砲隊の皆さん。

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 大人気です。

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 青木石(丸亀市沖の広島で採掘される御影石)のコーヒー豆挽き体験。

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 東小川やっこ連のみなさん。

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 明治初期からお祭りで神輿の供先を務めているそうです。

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 毛槍が続きます。

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 綾歌町岡田のみなさんによる時代絵巻です。

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 明日もやっています。今日は、周辺の学校を開放した無料駐車場も有料駐車場もいっぱいでした。私は丸亀に親兄弟の家があるので大丈夫でしたが、遠方からの方は早めに来られるか、駅から近いので電車が正解だと思います。ぜひ、見に来てください。



  1. 2013/05/03(金) 20:45:08|
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吹屋2(岡山県高梁市成羽町)

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江戸末期に建てられた、お城の様な石垣を持つ広兼邸。地名は成羽町中野だそうですが、まあ吹屋の一部って感じなので、吹屋2ということでまとめます。

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 映画『八つ墓村』のロケ地です。映画は見たことはありますが、気持ち悪い映画が苦手なので、建物が出てくるシーンをよく覚えていません。

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 やはり、銅山・ベンガラで財産を築いたようです。

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 ちょっと怪しい雰囲気があります。

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 離れは大正時代につくられたそうです。

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 山の中です。実は、この辺りは道がぐるぐるうねっていて、ナビがなければ迷います。山道なので、近けりゃいいという発想のナビが、変な道を教える可能性も・・・。

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 中国映画に出てきそう。

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 これだけの邸宅でありながら、~文化財的な文言がないのはなぜでしょうか?

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 こちらは国の登録有形文化財、西江邸です。成羽町坂本で、こちらも正確には吹屋ではありません。繰り返しになりますが、銅山とベンガラで財をなした有力者のお屋敷ということでまとめています。

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 宝永・正徳年間(1704~15年)に建てられました。

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 大庄屋として天領の支配を任され、屋敷は代官御用所を兼ねていたとあります。

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 右の門をくぐると・・・

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 簡易白州跡だそうです。

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 微罪(喧嘩、ばくち、コソ泥など)を裁いたそうです。

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 「手習場 子どもの学習所」、「駅馬舎 幕府の指令を伝達するため早馬を飼育していた所」と書いています。

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 北の新見市に向かう県道33号線沿いです。

 写真が多くなったので、予告していた銅山・ベンガラ工場は「吹屋3」として改めて紹介します。

  1. 2013/05/02(木) 21:44:12|
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吹屋1(岡山県高梁市成羽町吹屋)

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 吹屋小学校は昨年(2012年3月末)廃校になるまで現役最古の木造校舎として有名でした。岡山県の重要文化財です。おそらく現在は耐震強化のために解体中で、のち復元して公開されるそうです。

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 1900年に左右の校舎が、1909年に中央の本館が完成しました。

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 見づらいのですが、右上に鐘がぶら下がっています。 

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 右の校舎。

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 左の校舎から。

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 吹屋は、銅山・ベンガラで栄えた町でたくさんの見どころがあります。

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 吹屋ふるさと村は国の重要伝統的建造物群保存地区です。有力者たちが石州(島根県)から大工を招いて、ベンガラ色に統一した街並みをつくりました。

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 有力者の片山家関係の家です。

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 こちらも旧片山家住宅で、国の重要文化財。

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 次回は、銅山・ベンガラ工場・有力者の家などを紹介します。また、高梁市市街地にも古い町並みが多く残っていて、備中松山城もあるので、どんどん紹介していきたいと思います。

  1. 2013/05/01(水) 17:53:52|
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犬の知人

Author:犬の知人
丸亀で生まれて、いまは高松の住人。2・3歳のころ見たマリンコングや七色仮面を覚えている。高校生の頃に使ったある参考書の臭いをありありと覚えている。etc.・・・記憶が残るほうなので、郷愁を感じるものが好きである。

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