どこいっきょん?

岡山・香川の史跡を中心に、マニアックに迫ります。

庭瀬城と大賀ハス(岡山市)

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 ここは岡山市のJR庭瀬駅付近にある、庭瀬城跡です。前回のブログに寄せてくださったコメントに、2000年前の実から発芽したハスのことを書いてくださっていました。それで、何かの記憶にわしづかみにされ、つらつら思いだすに、以前、このハスを見たことがあるのを思い出しました・・・。

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 右下にJR庭瀬駅があり、「3」が庭瀬城跡です。すぐ近くの「5」は撫川(なつかわ)城跡です。正確には、「城」というべきは戦国時代までの話で、2つとも陣屋跡(3万石以下は城でなく陣屋)です。ごく簡単に紹介すれば、庭瀬陣屋(2万石)は板倉氏、撫川陣屋(5000石)は戸川氏です。

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 先ほどの現在の城跡だと小さいのですが、かつてのお屋敷は広かったようです(図の四角囲みの「2」が現在の城跡部分)。

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 最初は三村氏の築いた城で、秀吉の備中高松城攻めのときは毛利方の城、その後(秀吉時代)、宇喜多氏の支配領域になりました。もとは宇喜多氏の家来であった戸川氏ですが、主君と対立し、関ヶ原の合戦では家康側につきました。で、庭瀬藩主になったのですが、4代目で断絶し、板倉氏が藩主となって明治まで続きました。一方、戸川氏の方は、4代目の弟が(庭瀬藩領の一部を割いて)撫川陣屋を知行しました。戸川一族は、他にも旗本として、早島・妹尾・帯江に陣屋を構えました。

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 右の方に、件の「大賀ハス」が見えます。

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 残念!ハスを大きく写していませんでした。

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 大賀一郎博士が岡山県出身であったことから、後楽園やこの庭瀬城址にも分植されたようです(もっとも、国外を含め各地に分植されているようです)。

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 保存してあった写真は7年前のものでした。向こうに座って酒を飲んでいた方々と、言葉を交わしたことも懐かしい。

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  1. 2013/06/28(金) 18:05:29|
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栗林公園のスイレン(高松市)

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 今回は、スイレンです。

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  1. 2013/06/25(火) 17:06:53|
  2. 自然
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栗林公園のハス(高松市)

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 まだ、つぼみです。

  1. 2013/06/22(土) 17:25:44|
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アジサイの里(観音寺市・粟井神社)

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 粟井神社にアジサイを見に行きました。神社は戦国時代の山城・藤目城の麓にあります。

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 駐車場前にいきなりのアジサイの山盛り。左の坂は、城跡へとまっすぐに向かいますが、登ってすぐの二の丸から神社の方へ降りることができます。とりあえず、右手へ、神社に直行します。

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 と言いつつ、しばらく、山盛りの辺りを眺めていました。

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 神社へ向かいます。

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 案内板にしたがって、遊歩道へ。

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 神社の裏が遊歩道です。

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 裏山へ登ります。

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 上にあがると、二の丸跡。

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 説明板によれば、城主は斎藤さんといい、天正6(1578)年に長宗我部元親の攻撃で落城した、とあります(観音寺市文化財保護協会)。本丸は見た感じ、ちょっとジャングルっぽいので、山を眺めるだけで満足しました。

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 来た道を戻ります。

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 まるで画像処理をしたかのように鮮やか。

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 下りてきました。

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 こうして見ると、閑散としているようで不思議。人をよけて写したでけで、実は、かなりたくさんの方が訪れていました。
 こないだ、写真を少しは真面目に研究した方がいいかなと思いました。ただ、ボタンを押しているだけなので。夜景用など、いろいろなダイヤルがついているのを初めて触ってみたので、塩江(しおのえ)ホタルと文化の里(美術館裏)へホタルを見に行ったのですが、写真はほぼ闇でした・・・。甘くない。
 
 
  1. 2013/06/19(水) 20:40:47|
  2. 自然
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道の駅「源平の里むれ」(高松市)

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 東京の長谷川進さんという方が寄贈した、高松城天守の模型です。

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 玉藻廟は2006年からの天守台の解体修復工事によって撤去されました(鳥居などが屋島神社に移転)。今年、天守台はかつてのあるべき姿に復元され、一般開放されています(4月3日のブログで紹介)。新たな資料などが見つかりつつありますが、天守閣は復元可能なのでしょうか?

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 外には琴電335号が展示されています。

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 1926(大正15)年から2006(平成18)年まで運航しました。

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 鉄の那須与一・・・。下の説明を写しておくべきでした。あらましを記憶したつもりだったのに、何一つ覚えていません・・・。記憶力の減退には絶句します。

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 片原町商店街にも鉄のロバのオブジェがあって、以前、写真に撮っていたので載せます。関係があるのか否か・・・。せめて、道の駅むれへまた行く機会があったら、説明板を見て作者名をしかと覚えて来るつもりでいます。(←このことを覚えているだろうか?)

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 ついでに、ロバのオブジェの近くにある高松市最古の神社、華下天満宮です。生駒親正がお城の鎮守としてここに移したそうです。

  1. 2013/06/16(日) 17:36:20|
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屋島北嶺(高松市)

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 有料道路で屋島・駐車場まで行き、北を望むと右手前方に北嶺が見えます。

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 北嶺へ向かう道。まず、ゆっくりと下っていきます。

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 延々と続きますが、散歩をしている方と結構すれ違います。

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 分かれ道に出ます。どっちへ行っても、屋島先端を回ってここに戻って来ます。

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 北端の遊鶴亭以外に3か所の展望台があります。

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 遊鶴亭へ向かう前に、付近の中央部にある千間堂跡を見ます。

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 何もありません。

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 屋島寺(南嶺)創建の地という伝承があるそうです。発見されたのは平安中期の小さな仏堂跡のようです。

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 この辺りは広場になっています。さて、西側のルートで北嶺へと向かいます。

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 最初の展望台です。

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 この地図は北を下に描かれています。こうした魚見台が東西に2か所ずつあると書いていますが、図には(先に見た掲示板でも)遊鶴亭込みで4か所しか展望台がありません。よく探せば東側にもう一か所あるんでしょうか…?

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 やっほー…な気持ち。

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 江戸時代ぐらいまでは雑音がないので、海の音など聞こえ方が違ったかもしれません。

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 2つ目の魚見台。

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 木の柵がなかったら…考えただけでお尻がむずむずする。

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 ウバメガシの原生林。

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 さて、いよいよ遊鶴亭に向かう北端の道です。

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 いい風景です。ここからさらにずうっと先に、屋島の先端・長崎ノ鼻が見えています。

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 西側。

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 北側、下を覗くと長崎ノ鼻へと続く道が見えています。長崎ノ鼻(砲台跡)は以前に紹介済みですが、その時は、海辺を回る道を自動車で行きました。ここまで来てもうダウンぎみ。帰りのエネルギーを考えないと行き倒れ必至です。少し下った場所に洞窟があるそうなのですが、断念しました。

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 望遠で砲台跡を撮りました。

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 庭石の様な島影。しばらく、ぼーっとして引き返しました。北嶺を回る道に戻り、今度は東側のルートをとります。

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 周回する道をほぼ戻り、東側の魚見台まで来ました。

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 以下の写真は、絵に説明がある通りです。

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 北の方を望む。小豆島はかなり霞んでいます。平家の船隠しが見えます。

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 南方向、五剣山(八栗山)が見えます。

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 ここも満喫。あとはあまり風景の見えない道をひたすら戻ります。

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 帰りはずーっとゆるい上り坂。いつか、洞窟も見に行きたい。






  1. 2013/06/13(木) 21:49:36|
  2. 自然
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かわつ花菖蒲園(坂出市)

 坂出市のかわつ花菖蒲園を見てきました。

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 郷師山?

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 常山?
 大満足。写真、撮り過ぎました。

  1. 2013/06/10(月) 21:02:06|
  2. 自然
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日柳燕石ゆかり展(琴平町)

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 高松街道の商店街の入口付近、町立ギャラリー「ACTことひら」で、幕末の勤皇家・日柳燕石ゆかり展が開かれています(11日まで)。

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 書が中心ですが、個人所蔵の貴重な品々が一同に集まっています。

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 ひょうたん。お酒を入れて飲んだんでしょうか? 右、財布って書いています。

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 生家・加島屋がまだ残っていたころの写真。

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 絵の才能もあったようです。

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 閑座して松風を聴く。

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 木像からは親分肌な感じが伝わります。高杉晋作・吉田松陰・木戸孝允・伊藤博文らと親交がありましたが、1868年、戊辰戦争に従軍中、越後柏崎で病没しました。52歳でした。

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 高松街道、東方向を見る。

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 西、商店街。

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 へんこつ屋(&お饅頭)は以前も紹介しました。建物が登録有形文化財になっています。

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 こんな彫刻があったのに気付きませんでした。しぶい。

 日柳燕石(くさなぎえんせき)さんについては10月18日、11月10日のブログなどでも紹介しています。ぜひ、見てください。




  1. 2013/06/07(金) 20:48:00|
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専念寺(観音寺市)

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 観音寺市の専念寺は小林一茶が滞在した寺として知られています。

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 1792(寛政4)年と1794(寛政6)年に尋ねてきたようです。和尚さんの性誉(しょうよ、俳号五梅)さんが一茶と同門だったようです。お二人の先生・二六庵竹阿(にろくあんちくあ)さんの名前は初耳。

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 これが、正月に詠んだ直筆の句を模写した句碑です。

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 「元日や さらに旅宿と 思ほえず」。旅の宿とは思えないほど、くつろげたようです。

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 おじそうさん。子どもの頃、「おっぞさん」などと呼びましたが、香川県の方言でしょうか。

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 隣の家もなんだか雰囲気があったので、すかさず記録。



オマケ 江戸時代の俳諧など

①寛永期 :松永貞徳=貞門俳諧(松永久秀の孫?子は藤原惺窩の門人・松永尺五)

②元禄文化:西山宗因=談林派
        松尾芭蕉=蕉風俳諧『奥の細道』『笈の小文』『猿蓑』

③化政文化:
   ●俳諧:蕪村『蕪村七分集』(天明・京都)、一茶『おらが春』(化政・信濃)
   ●川柳:柄井川柳『誹風柳多留(やなぎだる)』
   ●狂歌:大田南畝(蜀山人)・石川雅望(宿屋飯盛)
   ●和歌:香川景樹(桂園派)、良寛(生活歌・越後)


※昨年11月3日のブログも見てください。蕪村の泊った妙法寺(丸亀市)を紹介しています。


  1. 2013/06/04(火) 21:50:50|
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ふるさと探訪・城跡めぐり~丸亀城~(5月26日)に参加して(2)

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 北側に回ります。20m以上の高石垣が続きます。

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 重量感がありますねー。

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 「波引き車」と呼ばれる生駒家の家紋を簡略化した刻印。

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 こちらはかなり摩耗。

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 三の丸へ。

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 またまた、南側へ。ちょうど人間が立っている辺りから左は、石垣が継ぎ足された場所。

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 ここは継ぎ足しが歴然としています。あまり、人が見る位置でもないし、まあいいじゃんという感じ。

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 前回、土壌も岩盤がないし、上に櫓が乗るしで、地面の下に基礎石垣が埋めてある場所を見ました。その櫓があったのがここ。つまり、前に下から見上げたのがここです。やはり、地面が平たんではなく歪みがあるそうです。

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 西側へ。右に飛び出た石垣は、補強のためのもの。

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 右の石垣が二段構えになっています。上に草が生えているので分かるかと思います。この右にも台形の石垣があり、左右の台形の石垣を補強するために積み上げられました。

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 刻印。

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 またまた刻印。

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 北西の櫓があった場所。1869(明治2)年に藩主館が消失した際、上にあったこの櫓も燃えたそうです。

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 小さいながら、全国に12しかない現存天守。

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 明治2年の火事の時、天守北側も少し被害を受けたそうです。このへんの瓦は新しいそうです。

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 先ほどの所をすぐに登らず、ぐるっと東へ回ってここへ。この上が天守のある本丸。石垣の積み方が粗いです。普段ここに登ったのは係りの者だけでしょうし、もちろん部外者の目には触れない位置なので。右端の方に、溜まった水を流す樋が見えます。

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 やっと頂上、本丸。右の方、すぐ南に神社の森が見えます。中央から左には池が見えます。あの辺りが境界線で、すぐ南が高松藩だそうです。それで、京極氏は北を玄関にしたそうです。その北側も、東は土器川で高松藩になります。(天領を除く)西讃を支配した丸亀藩ですが、お城は境界ぎりぎりに建っています。

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 南西方向、善通寺の山々が見えます。

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 ここで、今回の「ふるさと探訪」は解散となりました。大変勉強になりました。




  1. 2013/06/01(土) 18:34:25|
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プロフィール

犬の知人

Author:犬の知人
丸亀で生まれて、いまは高松の住人。2・3歳のころ見たマリンコングや七色仮面を覚えている。高校生の頃に使ったある参考書の臭いをありありと覚えている。etc.・・・記憶が残るほうなので、郷愁を感じるものが好きである。

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