どこいっきょん?

岡山・香川の史跡を中心に、マニアックに迫ります。

宇夫階(うぶしな)神社例大祭(宇多津町)

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 宇夫階神社は文化財の建物も多いのですが、神主さんの趣味が高じて、神社の一角で「うぶしな」といううどん屋さんをやっていることでも有名です。とてもおいしいです。以下、お祭りの様子をご覧ください。

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 抱えあげて、どすーんと落とすのが見せ場です。

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 掛け声は、「さあしましょーっ! 世の中 見事に せーっ!」といいます。この掛け声は、私の生まれた丸亀でも同じでした。

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 迫力があってすばらしいです。また、太鼓台が出る行事があるようなので、ぜひ、見に来てください。

  1. 2013/10/29(火) 17:13:23|
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三木町・まんで願(まんでがん)

 三木町の祭り、「まんで願」に行ってきました。「まんでがん」というのは香川県の方言で「全部」という意味です。写真では、大獅子と普通サイズの獅子舞の様子を紹介します。

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 夜の部の方が、大獅子の迫力が増します(昨年のブログを見てください2012.10.27)。

  1. 2013/10/26(土) 21:47:51|
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羽間(はざま)その2

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 この前、まんのう町羽間を紹介したとき、最初の写真で見た金毘羅高松街道。あれをまっすぐ進み、32号線の下をくぐり、さらに県道282号線をまたぐと、街道は羽間池の縁を通ります。写真は池を過ぎたあたりで、高松側から琴平方向を見たもの。さらに琴平側へ進むと…

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 羽間の茶堂があります。

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 大正七年建立とあります。このあと、池のほとりを進むと282号線に出ます。

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 国道32号線の高架から見る象頭山。金刀比羅宮は山の左端っこあたりです。(写真の道は街道とは関係ありません。街道はもっと右の方で、高架下を通っています。)

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 歌川広重の「六十余州名所図絵讃岐象頭山遠望」。羽間池付近から見た光景らしいのですが、今だったら、目の前に国道や電車の高架が見えるはずです。高架から見た上の写真が、広重さんの目に映っていた実際の光景に近いと思います。絵では、象頭山がクローズアップされています。
 (参照、ことでんHP)





  1. 2013/10/23(水) 21:07:07|
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『精神のエネルギー』(平凡社2012.2.10原章二訳)~最近見つけた誤訳

『精神のエネルギー』(平凡社2012.2.10原章二訳)~最近見つけた誤訳

 ブログの最後に書いてある事情のため、そう厳密に読んでいるわけではありません。寝る前、寝転がって読んでいます。全般的に、非常にいい訳だと思います。ところがある日、147頁の中ごろ(「夢」という表題の講演)を読んでいて、意味が通じなくなり、そのうち睡魔に襲われて寝てしまいました。原文はMÉLANGES(ベルクソン思想はŒUVRESとMÉLANGESという2種類の全集に納められています。前者が主要な著作集で、後者はそれ以外の選集です)に納められています。MÉLANGESはいま絶版なので、大学などの図書館で読むか借りるかしなければなりません。
 問題の個所は、ある心理学的事実について書いてある部分。新聞などを読んでいるとき、人はほとんど字を見ていないという実験です。文を読む人は、全体的印象というか、特徴的印象をつかんで、視線はさーっと文字を通り越します。いちいち形を正確に認識していては、文を読むことができません。実験では、ある語句を書いたプレートを瞬間(実験的に確認された、読みとれる最低限の瞬間)だけ見せて、何が書いてあったかを被験者に言わせるものです。ところが、その実験にはイジワルな仕掛けがしてあります。たとえば、「入場を個く禁じる」とか。こういうプレートを次から次へと見せるのですが、困ったことに被験者は“ちゃんと”読んでしまうのです、「入場を固く禁じる」などと。そこでベルクソンはこう言うのです。「被験者が見たのは、書いてある文字と同程度かそれ以上に記憶だったのです」と。メルロ=ポンティなどの現象学派も、こうした事象を取り上げています。

 問題の個所へいきます。原さんの訳です―「それは記憶を無意識の外に出して現実化すること、単に思い出されただけで、したがってまだ現実のものではない知覚を外在化してやることなのです。そうした知覚は部分的な現実化の手がかりをあちこちで見つけては、全面的な自己実現を図るのです」。
 寝床で読んでいて、最初に、何だこりゃ?と思ったのは、「記憶を無意識の外に出して現実化する」のすぐ次に、「したがって」として「まだ現実のものではない知覚を外在化してやる」と出てきます。へ?「記憶」じゃなかったの?「知覚」?…読み返すうちに睡魔…。

 さて、原文。
c’est une extériorisation de souvenirs,qui profitent,en quelque sorte,de la réalisation partielle qu’ils trouvent ça et là pour se réaliser complètement.

 「びっくり!」としか言いようがありません。そもそも、「知覚」という単語はもとより、「無意識の外に出して」「単に思い出されただけで」「したがってまだ現実のものではない」に相当する語句がどこにも無いのです!!!!???? 主題が「夢」なだけに、この訳者は夢でも見ていたのでしょうか??? 不可解千万。

 私の訳
 それは諸々の記憶を外に出してやることです。記憶たちは、いわば、〔知覚によって〕部分的に実現されたものを、あちこちで見つけてはこれを利用し、自己実現をやり遂げるのです

 そうとしか読めませんし、これで十分に前後の意味が通じます。〔 〕内は、先の文章をちゃんと読んでいれば無くても理解できますが、分かり易くするために補足してみました。最後のcomplètement「完全に」の意味は「やり遂げる」に込めました。ベルクソンが斜体字にしている理由は、ここですっかり自己実現されるのは知覚ではなく(知覚は部分的にしかなされない)、記憶だと言いたいからです。また、en quelque sorte「いわば」を斜体字で強調しているのは、「こんなふうに言うことが可能なら」と但し書きをしているのです。記憶は、一方では、個々の人生、人格として、動的全体として、現在のこの瞬間に向かう(さらに未来へと向かう)、(表象ではなく)“生き方”として姿を現しているが、他方で、個別的記憶については、どれをどの次元で(たとえば、水泳という言葉、泳ぎ方の記憶、ある日の海水浴での思い出、etc.)蘇生すべきかを決めるのは、現在、あるいは、現在を生きる身体、今の関心であり、これが、現実化しようとする膨大な記憶に対し、「有用なもの」しか通れない狭き門を設定するからです。この実験の場合、プレートを読もうとする姿勢が、おそらく全体の数十%の知覚された断片的要素と近親関係のある、特定の文字の配列からなる一つの語句の記憶を呼び起こすのです。もちろん、呼び出された記憶の周りには、そのとき「ここから連想される言葉を言ってください」と言われたら、おそらく、すぐ出てくる語句の記憶たちが、わさわさと集まっているのをどこかで感じていると思います。しかし、昨日の友人がおもしろかったなどという記憶は完全に無意識の底でしょう。
 身体が眠りにつくとき、「関心」という、記憶を制限する門が全開になります。眠っている時も、我々と外界との関係は保たれていて、ぼんやりとした印象(瞼の光、体内の感覚、音、触覚、手足の動き…等々の曖昧な印象)をもっています。そして、「関心」の不在は他方で、それらの知覚を絞り込むこともない状態を招いています。曖昧な夥しい印象を意義づけるべく、あらゆる記憶が(大きく開かれた門を通って)飛びかかって来ます。さらに、脈絡のない記憶のつらなりに、緩んだ知性が緩んだ脈絡をつけようとしますが、不条理は増大します。これが夢です。
(注)もちろん、実験とは逆に、本を読むとき、正しい語句に、誤った記憶が置き換わることもあります。それは広い意味で、その人の現在の関心を反映した読み間違えでしょう。知覚が不完全だからこそ、呼び出される記憶がその人の関心を反映しうるといえます。「注意」によって知覚の正確化を行う行為は、これとは別に説明されねばなりませんが、今回のテーマではありません。

 原さんは全体的にいい訳してるなーと思っていただけに、がっかりしました。こんな訳、本人も意味が分かってないはずなのです。指導的立場にある方々が、「ま、いいや、どうせ分かるものか」と平然とそんなものをポイっと出してしまういい加減さ。哲学は、自ら哲学することにしか意味がないもの。自分が納得すること(少なくとも、その努力)抜きに成立しないもの。哲学に対する裏切りです。功績が客観的に検証される理系では考えられないことが、文系ではまかり通ります。ちなみに、この箇所、以前にやり玉に挙げた(『思考と運動』「序論」―ほぼ全ページに誤訳あり)宇波彰さんの訳(『精神のエネルギー』レグルス文庫)を確認したところ、なぜか似たような感じの、不可解なものだったことを付け加えておきます。

ついでに、以前、宇波さんを批判した際に取り上げた『思考と運動』ですが、『思考と動き』(平凡社2013.4.12)という名で、新しい訳が出ました。図書館で立ち読みした所、以前私が指摘した(カテゴリ「哲学する」2012.9.22のブログ)誤訳2か所のうち、2番目のものが直されてました。ご覧になれば、私の指摘した通りだったことが確認できると思います。自慢しているのではありません。無名の人間の悲しさです。本当は、こんな仕方で自分の正当性を主張したくありません。権威主義的な人々を説得するためです。この部分は、難しい哲学的なことを述べているのではないので、誰が見ても、日本語としてどれが正解かが歴然としています。裏を返せば、その程度の誤りに気付かない方々が、日本の哲学界では尊敬されているのです。ちなみに、私の指摘しておいたもう一か所は、今回の新訳でも全く変わっていませんでした。どちらが日本語として本当に意味が通じているか、考えていただけるとありがたいです。

 いつか、ベルクソンの著書を私なりに訳したいと思っています。しかし、今は、ベルクソンが平易に感じられるような難解な本の読解にトライ中で、全く余裕がありません。その本は数年前、大学生時代の恩師から勧められたもので、すごく刺激的で、思索を深めてくれます。それをきちんと日本語に置き換えていっています。そうしないと、やはり、読みが浅くなるからです。すべて翻訳するのに、あと最短で1年半はかかります。読み切るだけでも価値のあるものです。

<補足>
 夢に関する分析だけを見ていると、哲学ってやっぱり怪しいなあ、という印象をもたれた方もあると思います。おそらく、これを読んでくださっている方々の大半は、哲学門外漢だと思います。そういう方々に向けた、思い切った言い方をすれば、夢の分析はベルクソンにとってオマケ的なものにすぎません。もう少し、厳密に言うなら、彼の議論の構成要素における、最も蓋然的な表現しかできない一方の極を表示するものです。
 もし、ベルクソンを実際に読む機会があれば、自然科学分野の(当時最先端の)知見にあふれているのを見出すでしょう。『物質と記憶』には、失語症理論を中心とする精神病理学や心理学、生理学などの理論や実験が豊富にちりばめられています。当時、有力視されていたある理論について、その根拠となる解剖学的所見に誤りがあることをベルクソンが初めて発見したものがあるぐらい、科学者ベルクソン(彼は学生時代に数学者として将来を嘱望されていました)の観察力・分析力は侮れません。
 また、アメリカのW.ジェームズとたびたび書簡を交わし、互いに尊敬していたことはよく知られていますが、ベルクソンの理論はプラグマティズムと完全に整合性をもっています。その形而上学的視野のうちに、矛盾なくきれいに収まっています。実は、夢の分析を支えている記憶理論は、その核心部に行動の観点を置いています。巷にあふれるベルクソン関連の書物で、こうした観点を前面に据えていないものはすべて、理解の浅いものです。『物質と記憶』のなかでベルクソンは、プラグマティックな観点から、実念論と唯名論という古くからある形而上学的問題をあっさり解いています。
 最後に、ベルクソンの講演「夢」は、そもそも知覚と精神(記憶)との関係に軸足を据えています。しかし、知覚には、「純粋知覚」という物質的“側面”があります。いつか機会があれば、触れるかもしれません。


  1. 2013/10/20(日) 10:33:25|
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羽間(はざま)近辺(まんのう町)

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 上を通っているのが国道32号線で、手前の低いガードが琴電・琴平線で、ちょっと分かりづらいんですが、両者がここで交差しています。さらに、そのすぐ向こうで県道282号も交差するという、3本の線が絡み合う場所。その282号線を左へちょっと行った所に琴電・羽間駅があります。
 で、この道が金毘羅高松街道です。向こうが高松方面。高松街道はほぼ琴電の線路に沿っています。そのことでんのHPによると、この坂を「残念坂」というそうです。金毘羅さんから帰る人が、振り返って名残を惜しんだそうです。さらにその向こうを「見返り坂」と呼んだそうです。

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 ちょっと下がってみました。上が国道32号線。振り返って琴平方面へ向かうと…

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 旧街道はここを左へ。琴電の線路や県道282号線に出て、土器川を越えるとすぐ琴平。

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 ちょっと戻ります。先ほど見た道(金毘羅高松街道)が私の左右に走っています。左へ行けば琴平、右へ行けば高松方面。石のお地蔵さんから北に延びる正面の道を行くと…

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 西念寺があります。1207(建永2)年に法然上人が讃岐に流されたとき、ここ小松庄にあった生福寺に庵を結んだそうです。

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 この説明板は、実はさっきのお地蔵さんの所に立っています。法然上人が庵を結んだ生福寺を、のち高松藩主が仏生山に移したのが法然寺だそうです。その跡地に、真福寺、さらにその後、いまの西念寺を移し、寺田を寄進したそうです。

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 法然上人御遺跡(ゆいせき)西念寺。
 ことでんHPによると、農民運動家・宮脇朝男(1912~78)さんがこのお寺で勉強会を開いていたそうです。この方は、全国農協中央会会長になって「全農の天皇」といわれたそうです。また、1962年には徳島ハム株式会社(のち日本ハム)社長大社義規さん(さぬき市出身)と共同出資で「香川ハム」という会社を作ったりしたようです(協同食品HPより)。

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 すぐ近くの、琴電「土器川橋梁」。1926(大正15)年に作られたもので、琴電のもつ近代化産業遺産の一つです。うしろは金刀比羅宮のある象頭山。

 
  1. 2013/10/17(木) 18:05:42|
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ちょうさ祭り・2日め(観音寺市・豊浜八幡神宮)10.12土

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 2日目は、町内巡行→正祭式(八幡神社)→ちょうさ22台集合(八幡神社)→御神輿お立ち(八幡神社)→ちょうさパレード(八幡神社~和田お祭り広場)→ちょうさ担きじょう(和田お祭広場)→音と光りのパレード、10台(八幡神社前)という予定でしたが、最初の八幡神社の様子だけ見てきました。
 ここを入るとすぐ、宮島・厳島神社の海中に建つ大鳥居用のクスがここから伐採されました、という趣旨の石碑と、故・大平正芳総理大臣の像が立っています。

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 あとは、ひたすら写真をご覧ください。

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 瓦に当たったようです(これは、ちょっと解説)。

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 未体験の方は、ぜひ、来年のご予定を!


  1. 2013/10/14(月) 10:26:43|
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善通寺市・岩崎隧道

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 この前、琴平参宮電鉄・多度津~琴平間(廃線)の多度津・桃山トンネルを紹介しましたが、今回は、琴平に入る手前の「岩崎隧道(善通寺市大麻町)」(近代化遺産)です。
 写真は北側から見ています。すぐ左をJR土讃線、さらにその左を国道319号線が通っています。トンネルを抜けてまっすぐ行くと、大麻(おおさ)神社・参道に出ます。その付近で、国道から分かれた県道208号線と土讃線とが交差しています。

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 大正12年当時の石のプレート。右から書いています。

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 南側から。トンネルを出たところ、右手が少し怪しい空気を漂わせています。

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 「清少納言の衣掛の松跡」。清少納言さんがこんぴらさんに参拝する途中、ここにあった松に衣を掛けて休息したという伝承があるそうです。見た目の怪しさに加え、話が”伝承”の上に、その松も枯れてしまったという、微妙な空気の畳みかけ。


  1. 2013/10/11(金) 17:21:45|
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香西・宇佐八幡宮・秋祭り(高松市)

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 こちらのお祭りの特色は、この飾り船の山車です。スタンバイ中。

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 獅子舞が始まりました。

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 台の上で舞うパフォーマンスも。

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 いよいよ行列が始まる気配。

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 えべっさんの乗った山車が動き始めました。

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 甲冑を乗せた飾り船が続きます。

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 きらびやか。

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 お侍さんが続きます。

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 一部省略しましたが、最後は、神輿が3台続きます。

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 「それ、渡れ―っ!」って感じでした。
 この日は予想外の暑さで、獅子舞の時間にすでに疲れたので、最初の信号機のところで満足しました。
 香川県では、船の形の山車は珍しいので、見に来ているのが、ほぼ地元の人たちらしいのが、ちょっともったいないなーと感じました。 




  1. 2013/10/08(火) 17:17:34|
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多度津町・本町通り

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 多度津町・本町通りはかつて金毘羅街道として繁栄しました。昭和45年発行の『グラフたどつ』にのっていた本陣・油屋跡を探しましたが、見つかりませんでした。油屋には伊能忠敬も宿泊したそうですが…。

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 反対側から見たもの。向こう側の家は肥料を扱っていたそうです。

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 ちょうど、現在お住まいの方が帰ってこられ、中も見せてくださいました。

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 こんな感じです。

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 通りを南下する前に、通りの入口付近で目につく建物を紹介しておきます。

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 叺(かます…わら・むしろで編んだ穀物・塩などを入れる袋)などを売っていたお店のようです。「刀傷」が気になって探してみたのですが…

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 これでしょうか?困った武士がいたもんです・・・。勤皇か佐幕かってときに、「商人、もうけやがって、このーっ!」みたいな人がいたんですね。

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 さて、通りに戻って、「町の博物館・よっていってやー」。「町歩き(10月・毎週土曜日)」の案内があります。連絡先は多度津町商工会議所TEL:0877-33-4000だそうです。商工会議所HPには、町歩きマップが出ています。そういえば、集合場所の町立資料館にも同様の案内がありました。

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 お向かいの、醤油屋さん跡。

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 その横の、呉服屋さん跡(この2軒と、あとに出てくる酒屋さんのことは、「よっていってやー」の方から教わりました)。

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 大きな呉服屋さんだったようです。

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 清水温泉跡。

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 いい感じ。

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 酒屋さん跡。

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 古民家再生で活かせそうな建物がいっぱい。

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 最後は、七福神といわれた廻船問屋7家のうちの一家、合田邸。

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 商工会議所のHPによれば、七福神が多度津の近代化の基礎を築いたそうです。
 

 


  1. 2013/10/05(土) 10:54:06|
  2. 史跡・文化財など
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屏風浦・海岸寺(多度津町)

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 以前、紹介した仏母院のすぐ近くで、やはり、空海さんの生誕地伝説があります。実際、近所なので「この付近」が生誕地(という説)と考えて問題ありません。 
 仁王さんが実在のお相撲さんという、おもしろい仁王門。左が大豪久照さん(丸亀市出身・関脇・S42年引退)、右が琴ヶ濱貞雄さん(観音寺市出身・大関・S37年引退)。

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 本堂です。広い裏庭を抜けると…

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 海岸寺海水浴場。

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 こちらは、飛び地になっている南側にある奥の院です。

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 北側もそうですが、ともかく広いお寺です。

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 空海さんの産湯の井戸。お寺のHPに、平安末期にモニュメントとして製作されたものらしいと書かれてあります。それはそれで古いものですし、由来が分かっていることで、かえって価値があるような気がします。

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 ガラス窓がついているようですが、そもそも枠囲みの中に入れません。

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 大師堂です。お参りしました。

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 ヤマガラがいます。

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 ご住職さんの手から餌をもらっています。人に慣れていて、カメラを餌関連?と思ったのか、私の方にも何度か飛んできて、指をつかまれたりしました。ヤマガラは、これからもっと、きれいになるそうです。

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 山の上までぐるぐると道が複雑に(私が方向音痴なだけかも)ついており、石仏や(比較的新しい)建物があります。

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 このあたりが見晴らしがよかったです。なぜかウサギ小屋もありました。



  1. 2013/10/02(水) 17:31:39|
  2. 信仰・民俗・伝統など
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プロフィール

犬の知人

Author:犬の知人
丸亀で生まれて、いまは高松の住人。2・3歳のころ見たマリンコングや七色仮面を覚えている。高校生の頃に使ったある参考書の臭いをありありと覚えている。etc.・・・記憶が残るほうなので、郷愁を感じるものが好きである。

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