どこいっきょん?

岡山・香川の史跡を中心に、マニアックに迫ります。

王墓山古墳・宮が尾古墳(善通寺市)

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 王墓山(おうはかやま)古墳は、全長46mの6世紀初頭に築造された古墳です(6世紀後半に追葬)。

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 善通寺市の「古墳の日」に、内部公開されたのを見に行きました(4月29日)。

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 ぼけぼけですいません。形だけ見てください。

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 横穴式石室の羨道(せんどう)。

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 石屋形は九州に多く分布します。王墓山古墳は大正時代には史跡名勝記念物になっていましたが、ミカン畑でした。発掘調査は1982年になってからです(宅地造成の届けに伴って)。

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 盗掘済みって言われていたのが、うれしい誤算で、貴重な副葬品がいっぱい見つかりました。鉄刀には銀象嵌(ぞうがん)が施され、同じ模様が群馬・奈良・島根・熊本で見つかっていて、ヤマト政権との関係が伺えます。

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 天井。

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 前方部。

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 古墳の上。だいたい東を向いています。

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 古墳から北を見た風景。 たぶん、左が筆の山で、右が香色山。写真から左へはみ出ると、我拝師山が見えると思います。

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 ぐるっと道が回っています。後円部へ向かいましょう。

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 池があります。

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 弥生時代のお墓。

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 発掘の様子。

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 これもそう。

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 こちらは宮が尾古墳(場所はすぐ近く)。北に見えるのはたぶん、我拝師山。南には大麻山があります(中腹に野田院古墳)。

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 7世紀初頭の古墳です。石室全体は9m。うち玄室が4.5m、高さ2.5mです。てことは、羨道も4.5m(高さ2.0m)。

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 羨道。

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 玄室。奥の壁に人物・馬・船などが描かれた装飾古墳です。

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 こんな絵が描かれているのですが…

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 写真では船しか見えません(ムカデではありません)。

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 天井。

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 もう一つ、ちっちゃいのもあります。後ろは筆の山。
 
 野田院古墳  大麻山の八重桜




  1. 2014/05/31(土) 09:21:32|
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「遊佐選手 育泳の地」碑(多度津町)

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 前回紹介しきれなかった、「駅からウォーク」のときに撮った写真などをちょっと紹介します。
 遊佐正憲(ゆさ・まさのり)さん(1915~75)が子どもの頃、碑文の前の桜川で泳いでいたそうです。

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 碑文の前を流れる桜川。遊佐正憲さんは、1932年のロサンゼルス・オリンピック、1936年のベルリン・オンピックで金メダルを獲得し、その後も後進の育成に努め、水泳日本を築きあげた多度津町出身の偉人。奥さんがアイドル的な女優だった逢初夢子であることも有名(こちらも見てください→こちら)。
 目の前の白い建物は、宗道臣さんが最初に作った少林寺拳法の道場です。

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 正面はこんな感じ。私もここで練習しました。宗道臣先生もご健在で、自宅の片づけのお手伝いをしたことがあります。今の管長(総裁?)さんも、そのころ見た記憶があります。
 私は初段を取っただけで、大学では竹内流古武道をやりましたが、不思議なもので偶然、大学でも少林寺拳法部の親友ができました。彼はとてもリベラルな社会を見る目をもっていて、強い影響を受けました。

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 ついでに川のほとりにあるものを紹介します。

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 JR四国多度津工場の近くにはこんな建物も…。

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 ヘラジカ?が走ってます。

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 以前にも紹介した柳原菓子店です。

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 お菓子の現物を紹介します。

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 こんな感じ。

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 最後は、駅で撮った写真です。
 線路の向こうに駐車場(1日200円)があるので、この橋を渡ります。構内での行き来には地下通路を使います。

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 オマケ。
 殿井沸(とんのゆ)という湧水がある「八幡の森ほたるの里」。昔は旅人が喉を潤し、殿さまも飲んだという謂れがあります。ちょっと場所は離れています(葛原正八幡神社)。



 

  1. 2014/05/28(水) 08:38:43|
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讃岐鉄道開業125周年記念ウォークに参加

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 多度津駅に集合。この駅舎も、建て替えではなく、リフォームされたもので、よく見ると昔の面影を残しています。
 「創業者から五代目、景山篤弘氏と巡る讃岐鉄道を感じる旅」と命名された駅からウォークでした。

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 讃岐鉄道(1889)→山陽鉄道(1904)→日本国有鉄道(1906)→JR四国(1987)。
 1889年に、景山甚右衛門さんらが、多度津駅を中心に、丸亀から琴平までを開通させました。のち、高松まで開通。
 1904年に、山陽鉄道が買収。連絡船時代を目指す。
 1906年、日露戦争後、軍事的な意味などから鉄道国有法(第1次西園寺内閣)。
 1987年、国鉄分割民営化(中曽根内閣)。

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 讃岐塩屋駅で電車を降り、ここで最初の遺構を見る。この線路の下…

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 焦点が合ってませんが、レンガ造りの土台が当時のものだそうです。

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 あとは歩いて多度津まで戻ります。写真は、万象園近くの中津川橋梁です。やはり、レンガが使われています。

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 景山篤弘氏(日讃製粉株式会社社長)の解説・案内で進行。他にも、多度津町の町づくり関係者、JR関係者など、たくさん同行していました。旅行社の関係者もいたのかな?自己紹介があったわけじゃないので、よく分かりませんが。

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 これも当時からあるもの。石垣などが見せるための凝った造りになっています。

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 かつて中津駅があった場所の近く。これも当時の遺構が活かされています。石垣の上半分は、のちコンクリートを上からかぶせたそうです。農業用水を土管で通すという案もあったそうですが、掃除が大変という地元の意見を配慮したそうです。

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 「鐵(鉄)道省」って書いているそうです。 

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 多度津駅に向かうために、南へカーブする所。讃岐鉄道のときは、こちらへまっすぐ向かっていました。いまのJR四国多度津工場へ直行していました。いまのJR多度津工場付近が当時の多度津駅。

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 みなさんが立っているのが、昔の線路跡。右手の旗を持った方の向こうに見える、舗装された道へ続いていました。

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 すーっと真っ直ぐ。

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 讃岐鉄道はさっきの道から、ここへ直行していました。この線路はお客さんが乗ることのないもので、多度津駅から改めて工場へとつながる線路。

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 旧測候所跡。

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 景山さんが示すのは、昔の写真。

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 写真で列車の後ろに写っていた家が、そのまま残っています。写真は測候所の上から撮ったようです。

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 工場(かつての多度津駅)に向かう線路。当時は複線だったそうです。このあと、線路の左に見える道を進みます。

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 山陽鉄道の遺構。山の記号が2つ重なったマークがついています。線路周りの土地の境界を示したもの。

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 JR四国多度津工場に到着。

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 近代化産業遺産、諸舎1号(1935年)のプレートがありました。PR室になっています。

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 創業者・景山甚右衛門さんの石膏像。他の銅像の元のようです。

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 讃岐鉄道1号機関車。他の車両に比べて、すごく長持ちしたそうです(戦後も使用されたそうです)。初代は目の利くエンジニアだったそうです。

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 しばし休憩。

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 明治初期の椅子。見た目おしゃれだけど、お尻がいたそう…。公園のベンチならありかな。

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 懐かしい感じの座席がたくさん。

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 寝台車の中。

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 かっこいい。

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 町民会館前。鉄道発祥の地の石碑。ここに多度津駅がありました。向かいは川で、明治のころは交通の要所。川の向こうには有名な旅館・花びしや酒屋さんなどがありました。金毘羅さんの分院もあり、風景もよく、まさに多度津の中心て感じだったようです。

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 景山甚右衛門さんの別宅。かつては道の向かいに本宅が広がっていたそうです。このあと、摩尼院にお墓を見に行きました。景山家以外にも、多度津の有力者の大きなお墓がありました。

 結構、ヘトヘトになりました。年配の方々の歩くのが早く、遅れがちについていきました…。○○ウォークっていうのに参加するときは、歩く距離などよく知った上で参加した方がいいかなと、弱気になりました。トホホ。
 多度津を歩こうと思われる方は、まず、町立資料館に立ち寄ることをお勧めします。いろいろな企画をしていますし、資料も多く、なんでもご存知で、とても親切です。こちらも参照してください→こちら
 また、10月26日に「多度津工場きしゃぽっぽまつり」があるので、カレンダーにチェックしましょう。







  1. 2014/05/25(日) 11:15:18|
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坂出・塩まつりと久米通賢(くめつうけん)

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 今年も5月18日に、「さかいで塩まつり」が瀬戸大橋記念公園で開催されました。
 坂出は塩の町として知られ、かつて広大な塩田がありました。とりわけ、高松藩の測量方・久米栄左衛門(通賢)さんの功績は大きく、この祭りには、通賢さんへの感謝と町の歴史への思いがこめられています。

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 塩がこんなに…。塩って海の中にどんだけあるんだろうって感じですが、実際に地殻に含まれる元素の割合としては、ナトリウムが3%弱、塩素は0.05%のようです。約半分は酸素で、ケイ素が28%弱も占めるようです。といっても、酸素は化合物の形で存在しています。空気中の酸素は植物が水を分解しなければ存在しません。話が大脱線・・・。

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 今年も、塩の巨大すべり台が登場。よく考えたら、「すべり台」ってなんとも簡潔な命名です。「鉄棒」に至っては用途すら関係ありません。それに比べ、「ぶらんこ」は振り回し台でも、吊り板でもなく、かわいげがあります。と、またも脱線…。

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 久米通賢さんが塩田を造るために江戸時代に築いた石垣が残っています(西大浜北)。一文字石垣といいます。

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 向かいの築港町側から。

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 坂出自動車学校の北側にある、塩田跡の記念碑。右奥に、塩田堤防の水門が保存されています。
 左手前に見えるのは「沼井台(ぬいだい)」だそうです。沼井台とは塩分の濃くなった砂をここに入れるもので、さらに海水をかけると、濃い海水(かん水)が下に落ちるようになっています。そこに溜めたかん水を煮詰めて塩をつくります。

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 水門です。

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 塩まつりに集合した地元ゆるキャラ。この日は体調がイマイチで、塩の歴史関連だけ見ました。塩まつりではイベントもいろいろ行われていて、久米流砲術隊なども見ることができます。



  1. 2014/05/22(木) 08:06:26|
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四国の祭り(サンポート高松)5.10~11

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 讃岐まんのう太鼓のみなさん。

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 西条だんじり(愛媛県)が始まりました。

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 ビックリ! もしかして、これも演出?

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 子ども用ですが、彫刻などを見ても貴重そう。

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 徳島県の阿波踊り、娯茶平です。

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 地元、香西下笠居昇竜獅子です。

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 バラの展示などもありました。

  1. 2014/05/19(月) 07:13:57|
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静薬師庵など(三木町・さぬき市の境目)

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 三木町の長尾街道を走ると、琴電・学園通り駅付近の四つ角にオブジェが立っています。

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 「三木まんで願鏡」といいます(「まんでがん」は香川県の方言で、「全部」の意味)。さっそく、下から覗いてみました。

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 コンピュータの描く、変化し続ける万華鏡の模様。

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 幸せの黄色の獅子は見えませんでした。

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 長尾街道をさらに三木町の外れまで進むと、琴電・公文明(くもんみょう)駅を過ぎ、鴨部川に架かる井戸川橋を渡るとさぬき市。すぐに、「静御前母・磯野禅師の墓」があります。

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 この小さいお墓のようです。

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 「鼓渕」。昔、この辺りに泉が湧いていて、静御前が義経さんからもらった「初音の鼓」を投げ込んだといわれています。
 場所は、井戸川橋を渡ってすぐ、長尾街道から北へ入る分かれ道を行きます。ちょっと進むと、北へ向かう琴電の線路と交わる道があり、その道が見えたとき、気をつけておれば、この石碑も目に入ります。この付近の地名は初音というそうです。

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 さて、このあと道を引き返します。

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 渡って来た井戸川橋の北に、近代化産業遺産「鴨部川橋梁」が架かっています。橋脚のうち4本が大正時代のものだそうです。

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 磯野禅師の墓から、南へ3kmほど行った場所(三木町井戸)に「静薬師庵」はあります。

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 静御前のお墓があります。

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 「えっ?」と思われた方もいらっしゃるでしょうが、香川県の伝説です。

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 長尾寺の「剃髪塚」は以前紹介しました。

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 南無阿弥陀仏。

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 すぐ横は鍛冶池です。

  1. 2014/05/16(金) 08:20:14|
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善通寺・四国霊場開創1200年記念大法要

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 御影堂に集まる人々。

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 行事に合わせて、善通寺から八十八か所を回って来られたお遍路さんたちもいらっしゃるそうです。

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 柴燈護摩(さいとうごま)の様子。

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 次は100年後ということなので、1250周年記念とかはないようです。100年後、どうなっているんでしょう。江戸時代が終わって80年足らずの間に軍国主義への道をたどった日本。戦争が終わり今年で70年足らず。100年あれば、よくも悪くも恐ろしく変わります。国家100年の計などとよく語られますが、すごい近代化を成し遂げた偉人たちさえ、日本を正しく導けなかった現実は、もっと歴史を勉強すべきことを教えているような気がします。

  1. 2014/05/13(火) 17:26:46|
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熊手八幡宮(多度津町)

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 多度津町の熊手八幡宮です。現在、海岸べりを走る主要な道路が、この道を回避するような形で南側を通っているので、私の様なよそ者からは姿を隠しています。こんな所に立派な神社が…とびっくりします。

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 戦国時代の1481年に奉納された高麗犬があると知り、見に来ました。

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 「あ」。

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 「うん」。

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 「あ」。

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 「うん」。

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 拝殿です。

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 すぐ近くの仏母院にある、古石塔。熊手八幡宮にあったものが、神仏分離令でこちらに移されたそうです。鎌倉時代末期のもの。多度津町のHPでは、真ん中の石塔が写っていません。あとから置かれたようです。
 

  1. 2014/05/10(土) 08:48:20|
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海上保安庁巡視船の見学(丸亀・お城まつり)

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 「くまの」という船でした。すぐ、「くまもん」を連想します。刷り込まれてます…。

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 ちょうど、救助訓練をしていました。

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 すいているのかなと思っていたら、直後、先に見学されていた人々が続々と降りて来ました。

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 クルマの免許をとるのに半年、教習所に通った者としては、計器の多い職場で働く人々が超人に見えます。

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 放水するものらしいです。いただいたパンフレットによると、海難事故はたくさん起こっているそうです。大ごとにならなければニュースにならないんでしょうか。「くまの」は高松海上保安部に属しています。

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 全然関係ない話ですが、最近、船の名前で「~丸」っていうのを聞かなくなりました。大辞泉によると、丸は麻呂から転じたもので、稚児に用いる。船、刀・楽器などの器物、犬・馬などの名前に用いる。…とあります。どうやら、親愛の情をこめた言葉だったようです。桂歌丸師匠はどうなるんだろう…。



  1. 2014/05/07(水) 08:04:00|
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お城まつり(丸亀市)

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 ネットが不安で、しばらく放置してしまいました。たぶん、マイクロソフトの何やら?が自動でインストール?されたんじゃないかな???ってことで、おっかなびっくり、再開しました。
 さて、毎年盛大なお城まつりですが、今年は、京極高朗公墓前祭と海上保安庁の船を見てこようと思ったのですが、ドジをしました。駐車場を探している間に墓前祭が終わってしまいました…。

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 お片づけがほぼ終わっているところでした。ガラーン。

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 高朗さんだけが、丸亀にお墓があるのですが、名君として有名なお方です。

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 墓前祭に間に合わず、トボトボ歩いていると、墓所の近くで何やら石碑を発見。以前、<コメント>でお教えいただいた、若江薫子(わかえにおこ)さんのお墓でした。トボトボ歩くのもいいものです。
 若江家の祖先は菅原道真さんで、伏見宮家につかえる漢学者でした。その家に生まれた薫子さんは幕末の志士として活躍し、のちの明治天皇のお妃の先生だったことから、政府にいろいろと苦言を呈していたようで、ちょっとやりすぎて幽閉されたりしたようです。それで、かつての仲間が丸亀で「思誠館」という塾をやっていたので、ここで助教を務めたそうです。

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 船の見学まで1時間あったので、ちょっとお祭りを見て回りました。

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 珍しい毛並みの良い獅子。「ウーよーーーっ!」って、分かりますでしょうか?

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 去年はじっくり太鼓を聴いたのですが、今回は、徳島県から来てくださったグループの演奏だけ聴きました。

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 堀の外では獅子舞、中では太鼓演奏。これだけ充実している行事がほんの1時間だけで、いろんな行事が丸2日間いろんな場所で開催されていて、とても回り切れません。体力もありません。来年は何を見ようかな。

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 次回は、海上保安庁の船の様子を紹介します。

  1. 2014/05/04(日) 22:07:59|
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少しだけ休憩

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 いまインターネットが危険だそうですね。貧しい生活なので、パソコンが壊れると、買い替えも厳しく、いろいろとマズイかな。私はどうも、そういったことに無知なので、事態がのみこめるか、ある程度安心できるまで、ちょっとネットから遠ざかります。できるだけ早く再開しますので、ぜひ、また見に来てください。

  1. 2014/05/01(木) 16:48:59|
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犬の知人

Author:犬の知人
丸亀で生まれて、いまは高松の住人。2・3歳のころ見たマリンコングや七色仮面を覚えている。高校生の頃に使ったある参考書の臭いをありありと覚えている。etc.・・・記憶が残るほうなので、郷愁を感じるものが好きである。

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