どこいっきょん?

岡山・香川の史跡を中心に、マニアックに迫ります。

ことでん滝宮駅

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 ことでんは最初、栗林公園~滝宮が開通しました。1926年12月のことでした。といってもすぐ翌年、3月には滝宮~琴平が、4月には高松~栗林公園が完成。めでたく全線開通しました。

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 大西虎之助社長が関西の私鉄を参考に建て、モダンなデザインが話題になったそうです。外観は当時のものです。

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 琴平電鉄時代の現存駅舎として、近代化産業遺産に認定されました。

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 かわいらしくて、いい感じです。

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 近くのほくろ屋菓舗で買った「ぷりん・どらやき」。がわ(?)もおいしく、ネットで調べてみたら、近所ではどら焼きを法事のお供えに買う人が多いようで、人気があるようです。残念ながら普通のどら焼きは、おそらく法事用に特化していて、予約販売しかしてないみたいです。

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 滝宮天満宮が近いので、「うそ鳥まんじゅう」というのもありました。ポエムっぽい味です。


 滝宮天満宮の梅
 滝宮天満宮の梅花祭 
 滝宮の念仏踊

  1. 2015/01/31(土) 11:08:12|
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長尾衝上断層(しょうじょうだんそう)(さぬき市)

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 香川県の南の方に、県のほぼ東半分の長さの断層があります。それが露出している場所がここです。宇佐神社(亀鶴公園がある)の南西付近、県道279号線の南側です。

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 長尾断層といいます。地面が北と南から押し合って、断層ができたものです。

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 県の天然記念物に指定されています。

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 南から押し寄せて来た地面が乗り上げたようです。それで、古い地層である花こう岩が上になり、新しい時代の砂れき層が下になりました。こんなふうに逆転したのを、衝上断層というそうです。

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 花こう岩はたぶん8000「万」年前だと思います。まだ恐竜時代です。

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 草ボウボウで見えませんが、ショボイなどと言うなかれ。上の花こう岩の地層ができた8000万年前ごろ、恐竜さんもお元気でした。滅びるまでまだ1500万年ほどもあります。今の人類が登場したのはせいぜい10万年前ごろで、中国4000年の歴史とかいってもごく最近。アスファルトから上の人間たちの構造物が塵のごとく感じられる、スケールの大きな地球の時間が見えてきませんか。これぞ天然記念物。天然という点では、私も人後に落ちません。ちなみに、8000万年前ごろの日本列島は大陸と陸続きで、たぶん徳島県の南半分は海中です…。ただし、断層の説明をよく読めば、この断層が初めにできた時期はよく分かりません…。下のれき層は100万年前って書いているので、それ以降。最近の活動は9~16世紀ごろって書いていました。平均的な活動間隔は約3万年らしいです。3万年前というと、ネアンデルタール人(旧人)もきっと生きていました。そういえば、他の人類が滅んだ理由はナゾです…。猿人・原人・旧人が生きて共存していたら、人間観・道徳観・宗教などは大きく違っていたかもしれません…。誤りを訂正して書き直していたら、話が大脱線…やはり天然かー。






  1. 2015/01/28(水) 17:54:02|
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土器川源流

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 まんのう町の国道438号線を南下し、落合神社のところで県道108号線に入り、山道をどんどん登っていきます。徳島県三好市との境です。
 「←土器川源流」の看板。

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 調査の結果、2003(平成15)年に源流が確定され、記念碑が建てられました。

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 水が湧いているようです。

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 上のフタが写っていて、分かりづらい…。

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 この溝は、最初の写真の道路脇に流れ込んでいます。
 ところで、川の始まりのいくつかある支流のうち、こちらを源流と決めた理由は何なんでしょうか。国土交通省関連のHPにも詳細な説明はありません。国道438号線沿いの美霞洞(みかど)渓谷のある支流・明神川の方がたくさん流れているようにも思うのですが…。以前、美霞洞渓谷の端っこ、雄渕雌渕を紹介しましたが、この滝の向こうってどうなっているのかナゾです。

補足
 県道108号線を登る途中に、前に紹介した勝浦の庚申さんがあります(庚申さんに興味のある方は、「どこいっきょん 庚申さん」で検索して見てください)。


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 徳島県側を見てきました。

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 やっほーな光景。三好市です。吉野川が流れています。

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 徳島県の山々。徳島から高知にかけて山また山です。山が呼んでいるーっ!

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 …人里から見る憧れの風景と、清涼な空気をかたじけなくいただき、軟弱者はここで引き返します。


 



 
  1. 2015/01/25(日) 11:31:50|
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ことでん畑田駅

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 ことでんの畑田駅の近くに建っているのは、琴平電鉄・畑田変電所跡です。1980(昭和55)年に閉鎖されました。ちょっと古い香川県の広報誌(2004年3月)によりますと、1926(大正15)年に琴平電鉄が開業したとき、車両の立派さとこの変電所が自慢だったそうです。車両があまりに立派だったので、げたを脱いで乗る人がいたそうです。意味がよく分からないので、丸写しで申し訳ありませんが、「ドイツのシーメンス社製1500ボルト水銀整流器を国内で初めて採用した変電所で、外国人技師・バーマー氏が建設工事に立ち会」ったそうです。なんかすごいらしい…。
 あと、歴史的に大事なことは、太平洋戦争中に空襲を避けるために「迷彩塗装」を施したそうです。ペンキの跡がかすかに残っているそうです。残念ながら、胸毛のような蔦のせいで、よく分かりませんでした。ぐるっと回れば、見やすい部分もあるのかもしれませんが、私有地がどこからどこまでか分からないのと、例によって草むら恐怖症なのとで近づけませんでした。
 2012年に百十四銀行本店の外壁工事のとき、やはり戦時中の「迷彩塗装」が現れて話題になり、保存されることになったぐらいですから、この変電所跡も戦争遺跡として重要だと思います。ぜひ、保存を。

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 畑田駅。

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 駅の南、田んぼの中に見える「立石の大山(だいせん)さん」。四国新聞社の「ことでん100年・駅ヒトめぐり」によると、この地域は昔、ひどい水不足で有名だったそうです。生駒時代に、尾池玄蕃保輝さんという方が大仙神社(仲多度郡)のお告げでここに巨石を祀ったところ、雨が降ったそうです。その石の上に祠が建てられたそうで、戦前までは盛大な祭りが行われていたそうです。
 駅の東の道には、平家の落人の馬の幽霊が出るそうです。首なし馬か、馬の首だけが雨の日に走るんだそうです…。かなり恐い。


  1. 2015/01/22(木) 17:55:33|
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金剛寺(まんのう町)

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 まんのう町の金剛寺には、鎌倉時代の石造十三重塔があり、裏山からは平安末期~鎌倉初期の経塚が発掘されています。

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 裏山は金華山というそうです。12世紀前半~13世紀前半の経塚群(金属や陶器の経筒にお経を入れて埋めたもの)です。

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 石造十三重塔。

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 何かおかしいと思った方、すばらしいです。第10層までしか残っていません。12・13層は境内に保管されてあるようです。11層目はいずこへ? この手のものは奇数にしますので、13層であることは間違いありません。

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 振り返ると、こんな感じ。のどかな風景。ただ、トラックが時々土埃を舞いあげて、どこかへ向かって走り去ります。私のような史跡マニアの方はきっと分かると思うのですが、香川県中ホントにどこへ行っても、ちょっと山に入ると必ずトラックの出入りがあります。

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 何でもないこの光景が財産だと思います。
 私のような古い人間は、道という道がアスファルト以前の光景を知っています。そして、主要な道にアスファルトが施されてからも、まあ、それだけだった時期を知っています。したがって、今の光景、地面という地面に矢印だの数字だのが書かれ、標識がゴテゴテ突っ立っていて、山には鉄塔がぶすぶす刺さっている光景が、なんか痛々しいというか、騒々しいというか…仕方ないことなのかなー…。 

 石造十三重塔は、県内にもう一か所あります。白峯寺です。
 (崇徳上皇の史跡が気になった方はこちらもどうぞ→崇徳上皇の史跡・つづき やそばの清水
 似たような石塔→和泉屋敷石塔


  1. 2015/01/19(月) 17:53:27|
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大興寺(三豊市)

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 初めに目にとまるのが仁王門です。いきなり「これだーっ!」と思うのでした。というのも…

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 去年、瀬戸内海歴史民俗資料館の講義で、六十六部と木食について学ぶ機会があり、六十六部廻国行者がこの大興寺の仁王門を再建したと聞いたからです。
 そもそも六十六部というのは、日本六十六州の霊場などを回って、法華経を納めた人々のことです。全国に、彼らの納経帳や建てた廻国記念塔が残ってるようです。また、各地で勧進(募金活動)を行って寺院の修理などをしたそうです。
 「大興寺」の扁額は藤原経朝という人の書いた鎌倉時代のものと聞いていたのですが、見当たりませんでした…。どこかに保管しているのか、私が見つけられないだけなのかは不明。

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 寛政元(1789)年に廻国聖が仁王門を再建したことなどを書いています。

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 弘法大師像。

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 金剛力士像は2体とも314cmで、桧の寄木造です。

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 やはり、鎌倉時代のもので県下で最古といわれています。

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 弘法大師お手植えの榧(かや)と楠の大木。でかっ。

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 楠の大木。

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 本堂。

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 梵鐘は1685(貞享2)年に原吉兵衛が近くの菅生(すがお)神社に納めたもので、神仏混淆を伺わせるもの。銘文では原字衛門(はら・じえもん)作とあるようです。大辻の鋳物師(いもじ)集落の中心的な一族のようです。いまも鋳物業が受け継がれているそうです。びっくり。

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 弘法大師堂。本堂を挟んで反対側には、天台大師堂があります。真言・天台二宗が同居していたそうです。真言24坊、天台12坊が甍を並べて栄えていたそうです。1578~83年の長宗我部元親の侵入で当時の建物はすべて焼失したそうです。

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 お参りをして、下りてきました。ここへ来るきっかけとなった仁王門と巨大なわらじ。

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 お寺の前。お地蔵さんのある風景。






 
  1. 2015/01/16(金) 17:55:34|
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長尾大隈守一族の墓(まんのう町)

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 まんのう町の佐岡寺です。昔はもっと大きかったと思います。

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 明治6年の西讃騒動で焼けたそうです。
 裏山に長尾大隅守の墓があるそうなので、見てきました。

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 竹やぶの中の細い道を行くときは、どこまで行くのか不安になりますが、すぐお墓に到着しました。
 南北朝時代、三野郡筥(はこ)の御崎(みさき)の領主だった海崎元高さんが、足利一族の細川頼之さん(室町幕府・管領として足利義満を補佐)に属して活躍。1362年、白峰合戦で功績をあげて1368(応安元)年に西長尾城に移って、長尾氏を名乗りました。

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 以前のブログで、長宗我部さんに敗れたと書いてしまいましたが、正確には「和睦」が正しいようです。いずれにせよ、城は長宗我部さんの重臣・国吉甚左衛門のものとなり(国吉城)、長尾氏は長宗我部軍として阿波で戦って敗れ、一族は討ち死に、出家の憂き目にあったようです。

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 古い様式を残す貴重な文化財のようです。写真のお墓に手を合わせて来たのですが、あとで写真をよく見たら、ちょっと新しそうですね(説明板にある明治期につくられたもの)。(上の写真で)手前のお墓が古そうです。

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 佐岡寺まで下りてきました。付近の様子。すぐ向こうに重機が見え、田舎の野山を愛する者としては、ちょっと不穏な空気。
 実は、さらに「広報 まんのう(2014年10月号)」に載っていた、「リョウハン(竜さん)」と呼ばれる水の神様(石塔)を探してみたかったのですが、見つかりませんでした。佐岡寺の裏山を5分ほど登ったところらしいのですが、道そのものが見つかりませんでした。


 讃岐での細川頼之さん




  1. 2015/01/13(火) 17:44:22|
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玉藻公園、年末年始の無料開放のとき

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 東の旭門から入ると、披雲閣の前に桜御門があります。
 1945年の高松空襲で焼失してしまったのですが、市は復元整備を計画しています。2013年の調査では、1943年に文化庁が撮影した細部まで鮮明な写真が発見されました。

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 両側の石垣にも焼けた跡が残っています。

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 よく見ると番号をふってあります。石垣も解体修理するそうです。

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 年末年始に恒例の松ぼっくりツリー。園内の松ぼっくり12,000個を使っているそうです。年々大きくなっているそうで、今年は大きいのが6m、合計で12.7mだそうです。目標は、合計の高さで、かつてあった天守閣の高さ26.6mだそうです。

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 天守台は以前も紹介しましたが、これも最近、解体して組み直したものです。昔の石垣は危険な状態になっていて、その上に神社が建てられていました。

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 天守閣に地階があったことも、解体修理で発見されました。天守閣復元も目指されているようです。

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 東方向。

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 ビルの間に見えるのは屋島。

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 北側は海が迫っています。高松城はもともと海城で、水門から海水を入れています。お濠ではタイやヒラメが舞い踊りです。

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 いつ見ても、眺めがいいです。


 天守台など
 月見櫓
 披雲閣
 艮櫓
 東ノ丸跡など
 天守模型

※高松港の様子
 防波堤など
 宇高連絡船記念展示場

  1. 2015/01/10(土) 11:17:01|
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宇賀神社(三豊市)

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 七義士(寛延の西讃農民一揆)との関係で、随身門だけ紹介していた宇賀神社です。

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 前回も紹介した、七義士らが評定を行った随身門です。実は、ずいぶん小さくて、この天井裏に7人はきついです。

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 拝殿は何度も改築されていて、現在のものは1960年に建てられたようです。

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 神輿庫がかっこいい。市のHPなどに説明はありませんが、由緒ありげです。

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 こちらもいいですねー。宝物庫でしょうか。やはり、由来は不明。

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 御神酒殿とあります。1900(明治33)年に大蔵省から「どぶろく」の醸造を許可され、毎年、伊勢神宮へ献納しています。10月の第3土・日に「どぶろく祭り」が行われています。まだ、実際に見たことはないのですが、昨年のイベント情報を調べると、土曜日に一般参拝者にもどぶろくが振る舞われたり、歌謡ショーがあったりしたようです。古式醸造用具一式は県指定文化財だそうです。地元ラジオ局のHPによると、相当きついお酒みたいです。

 そういえば、昔、どぶろく裁判というのがありました。お酒をつくって飲むのは個人の権利じゃ!ほっとけ!と、どぶろくをつくった人が、酒税法違反で訴えられ、最高裁で敗れたもの。日露戦争の戦費を賄うために、お酒に重い税金をかけるとともに、庶民がどぶろくを作ることを禁じたのが、どぶろく禁止のはじまりですが、現在、それが適当な法律なのかどうかは、お偉い人々からも疑問の声が上がっているようです。アルコールが全くダメな私には無関係な法律ですが…。

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 神社の前にはきれいな池が広がっています。

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 今年は、「どぶろく祭り」に行ってみたいカモ。


  1. 2015/01/07(水) 18:00:42|
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あけまして、おめでとうございます。

2015年賀状

 羊で一番に思い出したのが、ポール・マッカートニーさんのアルバム『ラム』。そして、ジョン・レノンさんがアルバム『イマジン』において冗談で返した写真。
 干支にあたるものが西洋には全くないのかなと思って、ネットで調べてみましたが、ロシアやベラルーシには中国から干支が伝わっているようですが、他には全くないようです(もちろん、干支を発明した中国と周辺諸国は今も干支を使っています)。私が調べてみよう思ったのは、干支そのものではなくって、干支と起源を異にするエトっぽいものが他にないのかなということでした。不思議とないようでした。なぜ、「不思議」と思ったのかというと、12や60を特別な数とするのは時計などを見れば分かるように全世界共通だからです。おそらく、メソポタミアの太陰暦(30日×12カ月を基準とする)なんかから発祥したんだと思うのですが…。たぶん、円を角度360度で一周することにしたのも、そんなところから来たんだと思います。ついでに、1日(ないしは昼・夜それぞれ)も12等分しちゃえってなったんでしょう。…たぶん、ですけど……。
 やはり、クールな西洋人には(忌み数を除いて)数字は数的な価値しかないんでしょうか。もちろん、干支を重視したのは年や方位に対する呪術的な意味からなので、明治政府が嫌ったように迷信のもとでもありました。年賀状に絵をあしらったりする今ぐらいが、ちょうどよい楽しい文化なのかも。

 全く話が変わりますが、今朝テレビを何げにつけると、ニュース解説っぽい番組をやっていました。どこかの先生が、「円安で外国人観光客がたくさん来ている、円安は悪いことばかりではない」と言います。「悪いことばかりではない」って、そもそも輸出産業が活気づくので景気回復につながるって理由で、円安にしたんでしょ。当初、マスコミはメリットばかり言っていました。よく覚えています。私はそのころのNHKネットクラブのアンケートに、経済が難しいので解説してほしいという趣旨で、こんなことを書きました。輸出産業が1台100万円で売ってたクルマが、1台110万円で売れたらもうかるのは分かります。でも、ここ数年、輸入超過の日本がこうむる痛手も大きい。なんとなく、雰囲気で輸出産業が経済をけん引するっぽく言ってるけど、輸入品をもとに物を作る下請けが、どの時点でどういう仕掛けでプラスに転じるのか明確に説明してほしい。そもそも、経済成長が常に景気をけん引するのは後進国だけではないのか。お金という量的拡大しか指標になかったら、夏目漱石が互いに競争してお腹を膨らませ合うカエルみたいに、いつか破裂しちゃうよと言ったけど、結局、そんなところに向かってるのではないんですか。…って。いまごろになってマスコミは、輸入価格高騰の悪影響や産業空洞化のことなども言いだしましたが、相変わらず、それはソレ、これはコレで、長短両面を総合的に論じて、全体としてどうなるという説明を聞いたことがありません。
 話が脱線しました。テレビの先生です。本当かどうか知りませんが、「観光客10人程度の消費が、日本人1人の1年間分の消費をしてくれます」って言うのです。円安のおかげ様様です、みたいなことを言うのです。この先生は観光客増加がこんなに役立っていることに驚いたかっ!て言いたかったんでしょうけど、もちろん、驚きました。平均的日本人は、そんなに貧乏だったのかって。外国人観光客10人が何日かの遊びで使うのと同じ金額で、1年間を食いつないでるのか、と。すごいミジメな気持ちになりました。格差も拡大してるし……外国人観光客に群がって物を売る子どもたちという、どこかで見た光景がオーバーラップして見えた気がしました。ドラッグを売る人も増えているし、少なくとも、外国人観光客が危険を感じるフツウの国にはなって欲しくないなあ。と言って、さて、年寄りに何ができるかなあ。
 とりあえず、今年も感謝の気持ちを忘れず、元気出していくとしましょう。


PS
 夏目漱石が引用したイソップ物語は「カエルと牛」でした。すいません、記憶違いでした。牛に対抗してカエルがお腹を膨らませる話でした。ただ、今の諸外国に対する日本の立場は漱石のころと違い、牛に対するカエルの立場ではないので、比喩としてはカエル同士の戦いなので、合った喩えとして無意識に記憶を加工したようです。
 しかも、経済の面ではグローバリゼーションという名の世界的な資本力優先化が進んで、弱者を守るという民主「国家的な枠組み」が崩壊しつつあります。単純な国対国の図式ではありません。テレビでよく聞く発言で一番いやなのが、「(福祉優先とか、給料をどんどん上げるとか、お金のある所から税を取るとか)そんなことを言ってたら、資本が外国に逃げちゃうでしょ!」というステレオタイプの常套句です。そんなのは分かった上で、人間の顔をした経済にしていこう、そうでなければ資本主義そのものがもちませんよ、っていう話が全く見えていない。お金儲けという点からすれば、そりゃ、国民みんなが奴隷で、それに満足している国が理想でしょうよ。必要な労働力が維持(死なない)され、更新(子を生み育てる)される最低限のコストですむんですから。作られる製品は、労働力維持・更新のための製品と、一握りの人々のための贅沢品でしょうか。これでは市場が縮小するのは目に見えています。マンガっぽい図式化ですが、本質はここにあると思っています。金融商品が発達した現在、目先のお金を生むことが至上命令としてマンガっぽい力を発揮しますから。兵器産業が戦争を欲するのが「現実」というものです。分かったような顔をして、「やれ人間らしさだの、環境(原発反対)だの、甘いことを言って現実の競争に生き残れるのか」などと言う人は、「現実」がマンガだと気付いていない。ゲームで生き残る前に、現実世界のほうが崩壊します。彼自身がマンガだとは気づいていない。そういえば、「コミック雑誌なんか要らない」っていう昔の歌がありました。










 
  1. 2015/01/04(日) 10:55:56|
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プロフィール

犬の知人

Author:犬の知人
丸亀で生まれて、いまは高松の住人。2・3歳のころ見たマリンコングや七色仮面を覚えている。高校生の頃に使ったある参考書の臭いをありありと覚えている。etc.・・・記憶が残るほうなので、郷愁を感じるものが好きである。

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