どこいっきょん?

岡山・香川の史跡を中心に、マニアックに迫ります。

高見島探検4(多度津町)

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 山野岩松さんという方が建てた家。芸術祭で「除虫菊の家」として、展示場となったようです。家に入ると、巨大な蚊取り線香が並べられています。

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 乾燥した除虫菊。

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 奥には、かつての島を写した大きな写真。除虫菊畑が広がっています。

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 2階へ。

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 岩松さんの遺品がたくさんあります。

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 貴重なものがいっぱい。

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 岡山県の吉備津神社の設計図が。

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 塩飽大工として神社の修理に関わったようです。

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 いい感じ。

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 下りて、行事の時だけ店を開けてくださる食堂で昼食です。

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 海岸沿いを少し、東へ歩きます。食堂の看板犬がずっとついてきます。

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 イイダコのタコつぼとして使った貝殻。

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 この浜辺にはシオマネキが生息しています。

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 海だー。水がきれいだー。

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 犬も見とれる、美しい光景。

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 フグの大群。

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 高見島の北を行く船は西方向へ、島の南は東方向へ、一方通行だそうです。

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 魚が何匹もジャンプしまくっていました。

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 さて、上陸地点まで戻って来ました。朝は曇っていましたが、いつの間にか快晴で、チューリップが輝いていました。

 続く(探検報告は次回でおしまい)。


  1. 2015/04/30(木) 17:38:38|
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高見島探検3(多度津町)

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 石垣と石段の多い浦地区。茶色い家は、船板を使っています。

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 島民が「ヨツカド」と呼ぶ場所。厄年のとき、草履の鼻緒を切ってここに捨てることで厄払いになるそうです。
 『瀬戸内少年野球団』のロケ地。

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 白い家は無人ですが…

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 神社仏閣などに見られる懸魚(げぎょ)がついています。オマケに巨大な蜂の巣が…。退治する予定のようです。

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 制立場(せたつば)と呼ばれる、いわゆる制札場(高札場)。江戸時代にお触れが出された場所。
 こちらは、『男はつらいよ 寅次郎の縁談』のロケ地。映画では、消防ホースの箱に祠の小道具をかぶせています。

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 左に見えるのは雨水を溜めた井戸。雨樋が2本、井戸につながっています。家の内部は…

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 芸術祭の作品でした。穴をあけて、アクリル樹脂みたいな円筒を詰めています。

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 大聖寺(だいしょうじ)です。江戸幕府がオランダに派遣した留学生・山下岩吉さんのお墓があります。

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 鐘楼門の屋根を支える力士。

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 力士のおしりっ!

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 ゾウさん。

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 石造はかなり古いものだそうです。

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 本堂の右手にあるのは太子堂です。塩飽大工さんには聖徳太子信仰があったそうです。

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 けっこう高い所です。

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 美しい石垣。

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 「昭和七年春 宮﨑久四郎の築造」。宮﨑久四郎さん、ただ者ではないこの技術。

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 除虫菊の畑。

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 ウラシマソウっていうそうです。葉っぱの先から、釣り糸を垂れています。

 続く。





 
  1. 2015/04/27(月) 17:53:33|
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高見島探検2(多度津町)

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 学校跡へ登る前に、一つ紹介し忘れていました。「満濃池の井戸」という井戸です。
 昔むかし、日照り続きで島の井戸が涸れたとき、ある男が満濃池まで水を汲みに行きました。一升瓶に入れた水を「お大師さんの水」として喜んで持って帰るのですが、ここで落っことしてしまいます。男が嘆き悲しんで、思わず土を掘ってみると、なななな・なんと!水がこんこんと湧いてきたのでした。
 さらに、オチのついた話も伝わっています。その後、満濃池を管理する人に水代を支払わなければならなくなったというのです。なんだかケチくさいけど、それぐらいリアルガチな話だって伝えたかったようです。

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 さて、前回の石灯籠からさらに進むと、みごとな石垣の中塚邸に出ます。

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 下の方で、一か所、石垣の隙間から水がチューーーーっ!て噴出してました。少し、緩んだ箇所がでてきたんでしょうが、全体がガチガチでそこしか水の通り道がなかったからこその勢いとも言えるでしょう。

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 ここで休憩。手作りケーキ&紅茶タイムになりました。あとの昼食代もこみで前払いですが、記念写真などもあっての1.500円は実費のみって感じです。

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 一富士、二鷹、三茄子。

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 十二支が乗ってます。

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 港が見えます。

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 離れ。

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 清淵(せいえん)の号があり、渋沢栄一の書といわれています。

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 縁側の板がすごく分厚い。

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 二階。

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 天井の形まで凝っている。

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 なんか発見があったようです(案内してくださった方々)。

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 瀬戸内国際芸術祭では、展示&お店になります。

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 落ち着く風景。

 続く。




  1. 2015/04/24(金) 17:20:36|
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高見島探検1(多度津町)

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 少し前、多度津町立資料館主催の高見島探検に参加しました。風景にいたく感動したので、何度かに分けて報告します。
 まず、多度津港です。往復960円。

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 25分で到着。けっこう高い山があります。竜王山297.3mです。ほぼこの山に占領された島で、特に島の西側は崖しかありません。

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 チューリップが出迎えてくれます。このチューリップは、北海道木古内(きこない)町から贈られたものですが、高見島との共通点は咸臨丸です。日米修好通商条約批准のとき、はじめて日本人の力で太平洋を横断した咸臨丸。その乗組員に多くの塩飽出身者がいたことはよく知られていますが、ここ高見島からも4人の水夫が乗り込んでいます。他方の木古内町は、1871(明治4)年に、輸送船として活躍していた咸臨丸がそのサラキ岬で座礁して、最期を迎えた地です。

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 カボソのかぼっちゃん。カボソとは、ニホンカワウソのことで、島でちょっと前まで生息していたそうです。

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 現在、人が住んでいるのは、南の黄色く塗られた地域だけです。西側を浜地区(平地)、東側を浦地区(斜面)といいます。以前は、島の北側にも集落がありましたが、いまは無人です。

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 まだ、サクラがきれいでした。

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 除虫菊の畑。

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 蚊取り線香の原料として、昔は島中で栽培が盛んだったそうです。

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 浦地区へ向かいます。かつてはこの道の右側が海でした。

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 六社神社あとに小学校が建てられ、その小学校も廃校になりました。

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 グランドから海が望めるいい環境。

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 その向かい側は、もっと前になくなった中学校跡。

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 陶器製の二宮金次郎像。どことなく品があります。

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 少し登ると、文化6(1809)年につくられた石灯籠。

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 後ろに回ると、等間隔のくぼみがあります。島独特の祭祀に関係あるようだということが、最近になって分かってきたそうです。ロウソクでも立てたのでしょうか。

 今回はここまで。




  1. 2015/04/21(火) 17:50:31|
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下り松の跡

西行・下り松

 坂出市府中町迯田(にげた)に、松池という名の池があります。約300年前につくられたこの池は、かつて池のほとりに「下り松」と呼ばれる名木(地図左下の赤丸)があったことから、「松池」と名付けられました。
 府中村は1954年に坂出市に合併されましたが、『府中村史』には、「下り松」は西行法師が植えたものと伝えられているが、「現代の松は二代目」だと書かれています。しかし、『府中村史』(1963年)のいう「現代」から半世紀、悲しいかな二代目松も成仏し、下り松の跡になってしまいました…。

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 この立て札が設置された時には、二代目もお元気だったようです。
 お地蔵さまは行基菩薩さんの作と伝えられています。『府中村史』によると、江戸時代にはその旨を記した碑文があったそうです。

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 素朴な温かみに癒されます。

西行の下り松

 『府中村史』に見る「下り松」。


 西行さんの庵1
 西行さんの庵2
 西行さんの庵3
 西行さんの庵4








  1. 2015/04/18(土) 09:25:43|
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丸亀城の桜

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 丸亀城の桜。これは外せません。今年は残念ながら、ちょっと天気が悪かったです。

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 大手門。

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 見返り坂と「扇の勾配」といわれる三の丸石垣。いたずらっ子が登っていますが、ま、どこの誰か分からない写真なのでOKでしょう。
 登りきった左手に、昔は大きな地下室があって、それこそ悪ガキの探検場所になっていました。戦時中の地図を見ましたが、二番目の配水池となっていました。ただ、悪ガキの一人の体験では、水の入口も出口も見覚えがありません。

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 二の丸。配水池跡の石段が残っています。

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 奥の方に深さ65mの二の丸井戸が見えます。

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 お花見ジャングル。

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 国の重要文化財の現存天守(四国最古)。

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 本丸から見る讃岐富士(飯野山)。

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 いい感じ。

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 本丸から二の丸を見る。

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 本丸から土器山を見る。

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 飯野山と、上から見る二の丸のお花見ジャングル。

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 二の丸に下りてきました。左の方の石垣をよく探すと…

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 こんな刻印や…

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 こんな刻印が低い位置にあります。

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 二の丸から飯野山を見る。
 今年も満足。


 ふるさと探訪・城跡めぐり1
 ふるさと探訪・城跡めぐり2






 
  1. 2015/04/15(水) 18:02:43|
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西方寺・屋島神社(高松市)の桜

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 高松市西宝町にある西方寺です。県道33号線に接する石清山(いわせおやま)の北側は、桜がいっぱいです。西方寺もその一角を占めています。

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 紫雲丸(しうんまる)事故(1955年)の遭難者慰霊碑です。

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 ここから高松港が見えます。

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 北東角に「さぬき百景」の石碑が建っています。1968年に四国新聞社が選んだ香川の見どころ100。このブログでも何度か登場しています。

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 ここに立つと見晴らしがいいです。向こうに見えるのは屋島です。
 西方寺から少し上がると、旅順模擬要塞があります。

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 屋島神社の桜もきれいです。

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 神門。普段は閉まっています。

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 市内が見渡せます。

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 満足。
 神門の中は、お正月に見てください。→お正月の屋島神社



 
  1. 2015/04/12(日) 11:04:22|
  2. 自然
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赤牛崎(あかばざき)(高松市)

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 琴電・古高松駅の北を東西に流れるのが、相引川(あいびきがわ)です。川の北側が屋島で、川はもとはもっと広い海峡で、屋島は文字通り島でした。駅の北につけた赤丸あたりが、「赤牛崎(あかばざき)」というところ、さらに北の赤丸が「赤牛崎神社」です。

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 説明板が設置されています。南を見ています。目の前を左右に相引川が流れていて、その向こうに公園と古高松駅とがあります。

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 源義経さんは、ここを牛が渡ると聞いて、この浅瀬から屋島へと渡ったといわれています(牛を渡らせて、浅瀬を探したとも)。

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 前を流れる、相引川。

相引川地図

 相引川が島としての屋島を区切っているのが分かりますでしょうか。生駒時代に陸続きとなった屋島ですが、初代高松藩主・松平頼重さんが昔を偲んで、改めて川を開削したそうです。
 川じゃなくて、海峡じゃないのかって思われそうですが、地図を見ると屋島側からも南側からも、たくさんの水路が流れ込んでいて、やっぱり川のようです。

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 ちょうど、駅に電車が来ました。桜もきれいです。

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 すぐ近くの三差路から北へ行くと、赤牛崎神社があります。ここから見る屋島は、独特の見え方でかっこいい。

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 個人宅のお庭に咲いていた桜越しに。

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 赤牛崎神社です。やはり、後ろに見える屋島の姿とうまく重なり、いい感じ。

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 小高い場所にあるので、昔は見晴らしもよかったことでしょう。

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 神社の前に、満開の大きな桜の木がありました。


  1. 2015/04/09(木) 07:53:45|
  2. 史跡・文化財など
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屋島の桜(高松市)

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 北側の談古嶺です。

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 北嶺が細長く突き出ています。

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 対岸の出っ張りの向こう側が、平家の船隠し。

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 向こうに五剣山が見えます。この間が源平古戦場です。

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 北嶺にたくさんの桜が自生しています。

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 西側。左、女木島。右、男木島。

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 こちら側を獅子の霊巌といいます。

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 左手には高松市街が見渡せます。

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 満足。


 女木島1
 女木島2
 男木島



  1. 2015/04/06(月) 17:25:12|
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島田寺(丸亀市)

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 島田寺は県立飯山高校の近くにあります。
 前に紹介した古代寺院・法勲寺が衰退したとき、その本尊・宝物を島田寺が受け継いだそうです。こちらも古い歴史を持つようで、空海さんが滞在したこともあるといわれています。
 豊臣秀吉さんから讃岐支配を任され、高松城・丸亀城を築いた生駒親正さんが、島田寺の良純(りょうじゅん)上人に帰依し、法勲寺を再建して、寺を上人に任せたそうです。その後、生駒一正さんの代になって、法勲寺を高松に移して、父・親正の戒名から弘憲寺という名前に変えさせました。そして、良純上人が弘憲寺・初代住職となりました。島田寺がもっていた古代・法勲寺のお宝も高松に移され、島田寺は弘憲寺の末寺となりました。

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 「宥遍(ゆうへん)上人 一担(ひとかつぎ)門」と書かれています。宥遍上人は弘憲寺の二代目住職です。
 生駒氏が4代目・高俊さんのとき、生駒騒動で出羽へ転封となると、松平頼重さん(黄門様のお兄さん)が高松城の主となりました。島田寺の伝説によると、この門はもともと高松城に使われるはずの門でした。大木を切って作ったところ、祟りが起こって、撤去することになったそうです。そのとき、怪力の宥遍上人が楽々と担いでここまで持って来たんだそうです…。

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 お寺はかなり広いです。

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 こちらの宝篋印塔は、財運の功徳があるそうです。

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 梅がいっぱい咲いていました。

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 讃岐富士(飯野山)と梅。


  1. 2015/04/03(金) 18:06:20|
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プロフィール

犬の知人

Author:犬の知人
丸亀で生まれて、いまは高松の住人。2・3歳のころ見たマリンコングや七色仮面を覚えている。高校生の頃に使ったある参考書の臭いをありありと覚えている。etc.・・・記憶が残るほうなので、郷愁を感じるものが好きである。

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