どこいっきょん?

岡山・香川の史跡を中心に、マニアックに迫ります。

多度津町・町歩きに参加(1)

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 6月21日、町歩き「たどつALWAYS -北前船とたどっつぁん-」に参加しました。
 Aが現在の多度津町立資料館(旧浅見邸)。ここから出発して、まず、図の多度津陣屋付近を回りました。現在の地図と比較していただくとよく分かりますが、図に見る江戸期の道が現在もそのまま残っています。Gが殿様の「御殿」で、すぐ南の川の形状もそのまま残っています。
 では、資料館(A)を出発して北へ向かいます。

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 B付近です。左に、かつては殿様の御殿の「大手門」がありました。右へ回れば、メインの大通りです。
 角を曲がったところに、大正堂というロールカステラのおいしい店があります。

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 C付近にやって来ました。「大手東門」があったところ。かつてはここから丸亀(東方向)へ向かいました。いまは資料館前から大きな道が東へとつながっていますが、江戸時代、そっちは行き止まりでした。

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 振り返る。蔵の前を左から歩いてきました。

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 Dの冨井邸の向かい側。かつての馬屋。

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 そして、Dの冨井邸を見学。

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 瓦には多度津藩の家紋。丸亀藩の支藩なので、同じ四つ目結。ただ、45度傾いています。

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 いまのご当主様(8代目)からお話を伺いました。冨井家は、もと香川氏の家臣・寺井氏でした。天霧城が落城したのち、京極家の家臣となり、冨井氏に改名したそうです。
 屋敷は1828年に建てられたもで、大変貴重。実は、多度津藩は3代藩主までは丸亀城内に藩庁があり、4代藩主になって1827年に多度津の陣屋がつくられました。

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 家中で甲冑をもつのは2家しかなかったそうです。

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 貴重な品々。

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 右下はカンテラ。

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 奥には蔵が見えます。また、髪結い部屋というのが残されていて、大変めずらしいそうです。
 家は南海大地震で少し傾いたそうです。ご当主さんによれば、「もう一度、地震が来たら直るかもしれない」ということです。もちろん、冗談ですが、これだけ年月が経っても平然と建っている昔の家の頑丈さをおもしろくおっしゃったのです。

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 中庭。

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 お忙しい中、立ち会っていただき感謝感激しつつ、冨井邸をあとにしました。

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 このあと、来た道をもとに戻りました。
 大正堂のロールカステラとお菓子をおいしくいただきました。ご夫婦で営業されており、普段は事前に予約しておくシステムになっております。

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 初めに示した地図は、蔵のところにあった説明板のものでした。
 次回、地図中のE・Fからご紹介する予定です。




  1. 2015/06/29(月) 18:33:26|
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番の洲公園のアジサイ(坂出市)

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 番の洲公園のアジサイは種類・色合いが豊かで、ホントにきれいです(香川県人は「けっこい」といいます)。

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 いいもの見せてもらいました。


  1. 2015/06/26(金) 17:24:27|
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法然寺2(高松市)

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 黒門を入ると、3つの門があると言いましたが、どの門から入っても中でつながっています。ただ、それぞれの門に対応して3つの区域があります。 
 3つの門のうち、右(北)にあるのが本堂門です。ここを入ると…

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 正面に本堂があります。右手には寺務所などがあり、現在の浄土宗寺院としての機能を果たす区域になっています。

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 中央は涅槃門。

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 正面に三仏堂があります。ここには1676年につくられた巨大な涅槃群像があります。よく仏画で見る釈迦入滅を立体的につくったものです。これはすごいです。お釈迦様のお母さまが薬を届けようと空を飛んでくる様子も、天井から釣り下げております。ともかく、一見の価値ありです。寺務所でお願いすると、入ることができます。料金もそんなに高くないです。
 お寺そのものが西方浄土を3D化していますが、涅槃群像の巨大3Dもぜひ。

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 寺務所から歩く順序と逆になりましたが、三仏堂の右には祖師堂があります。藩主・頼重さんの僧形像もあり、神聖化しています。

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 本堂と祖師堂とのあいだ。

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 左端の門、仁王門。

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 仁王門を入ると…

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 歴代藩主が眠る般若台へと向かうことになります。

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 その前に、すぐ右手に見える五重塔。

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 石段を登っていくと、途中で2004年に焼失した二尊堂を通ります。

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 振り返ると、こんな感じ。

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 見えてきたのは文殊楼。

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 さらに上を目指します。

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 来迎堂です。近すぎて正面から撮りにくく、南側から撮っています。内部には、奥(西=写真左側)に来迎像が安置されているそうです。来迎とは、阿弥陀如来二十五菩薩がお迎えにいらっしゃることです。手塚治虫の「お迎えでごんす」を思い出してしまいます…。

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 最後はいよいよ、般若台です。中には入れません。

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 かなり広そうです。初代藩主・頼重さんの墓(もとは般若堂という建物)は特に巨大です。元祖上人墓(法然さんの墓)も巨大で、頼重さんと法然さんが並んで崇拝される仕組み。周囲には一族の墓がぎっしりと取囲んでいます。
 それとは一線を画して、その他の歴代藩主のまあまあ大きい墓がゆったり並ぶ区域があります。

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 歴代藩主の墓の奥には、白犬の墓というのがあるそうです。9代・頼恕(よりひろ)さんの正室の棺の供をして、高松までついてきた犬の墓だそうです。

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 三仏堂見学の際、寺務所でいただいたパンフレットとお菓子。

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 法然寺8代上人の咳を治した、徳栄堂の「たんきり飴」。素朴な手作りの味です。


  1. 2015/06/23(火) 18:33:08|
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法然寺1(高松市)

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 法然寺・参道の入り口付近にある、地蔵堂です。法然寺の参道は、東から西に向かって進みます。西方浄土へ向かうイメージでつくられています。地蔵菩薩は六道輪廻から衆生を救うもの。これから極楽へ行きましょうという感じです。

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 香川県立ミュージアム専門学芸員の御厨義道さんの講演を聞いて、改めて法然寺を見てきました。以下、講演内容を参考にしています。

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 振り返ると、総門とそれに続く参道(左は自動車のための道になっています)があります。ていうか、こっちがメインで、地蔵堂の方が「見返り地蔵堂」と呼ばれています。
 南に、池(前池)が見えていますが、かつては参道の北側も池(蓮池)で、2つの池の間を通って西方浄土へ向かうようにつくられました。二河白道(にがびゃくどう)の教えを形にしたもの。南は火の河(怒り・憎しみなど)、北は水の河(欲望・執着など)で、その間の狭い道を進むことを意味します。東の現世にはお釈迦様がいて声をかけてくださり、西の浄土には阿弥陀様がいて招いてくれます。仏画に描かれますが、立体化された例は他にはありません。

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 総門から参道へ入ります。右の建物は十王堂です。

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 総門から見返り地蔵堂を見る。

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 参道脇にある十王堂。

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 ここからあの世の世界。

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 隙間から覗いてみました。その節はお願いしますと、お賽銭。

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 いよいよ、二河白道を進みます。

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 前池と紫陽花。

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 極楽浄土の入口、黒門が見えてきました。

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 ここを入ると、3つの門があります。ちょうど見えているのは仁王門で、歴代藩主の眠る般若台へと道が続きます。
 つづく…








  1. 2015/06/20(土) 09:37:11|
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亀鶴公園の花菖蒲(さぬき市)

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 やはり、こちらにも出かけたのでした。さぬき市の亀鶴公園。

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 ここは何といっても、宮池(八幡池)と亀島、さくら橋のつくりだす風景の美しさでしょう。

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 さかんに潜っていた、ちょいワルそうな水鳥。

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 西側の花って、こんなふうに少なかったでしょうか?

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 数は少なくても、池をバックにした姿も美しい。

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 南側に戻って来ました。

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 やはり、この風景かな。

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 池を最初に作らせたのは、室町時代の管領・細川頼之さんといわれています。

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 「香川県 農政水産部土地改良課」のHPによりますと、宮池に住むヘビがいて、宝蔵院の社殿の下から阿波に通じる穴を通って、阿波へ嫁入りしたとか、亀島にしんが空洞の大松があって、ヘビが池の中からその空洞を通って松に登り、池の水面を鏡にして化粧したとかいう話が伝わっているそうです。

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 豪華。

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 亀島に向かう長堤もいい感じ(春は桜の道になります)。



  1. 2015/06/17(水) 17:50:45|
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かわつ花菖蒲園(坂出市)

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 今年も出かけました、かわつ花菖蒲園。一般開放は本日まで。

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 周囲には小さなオニギリ型の山が集まり、讃岐平野らしさも楽しめます。

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 園の掲示板によると、花菖蒲が書物にあらわれるのは江戸時代だそうです。田んぼでよく育ち、鮮やかな美しさで雨季を楽しませてくれることから好まれ、菖蒲園がたくさんできてきたそうです。

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 大きく分けて、江戸系・肥後系・伊勢系・アメリカ系があるそうです。

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 といっても、いまではものすごく交配が進んで、系統に意味があるのかどうか分からないようです。何千種類もあるそうです。

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 ついついカキツバタ図屏風を思い出してしまいますが、やっぱりハナショウブなんです。諺にもあるアヤメも含めて、区別がつきません。

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 ハナショウブは色とりどりなのがいいです。

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 今年はエルニーニョだか、テジナーニャだかのせいで、梅雨が長引くそうです。学生時代に、台湾から来られた留学生と仲良くなりましたが、日本の夏は暑くて辛いと言ってました。ちょっと、おっちょこちょいの方だったので、話半分に聞いとかないといけませんが・・・。こんなことがありました。何人かで遊びに行く約束をしたようで、休憩室を兼ねた小教室にいた何人かが私に、「時間が間に合わないので、出かけます。許(シー)さんが来られたらその旨伝えてください」と言って出かけてしまいました。許(シー)さんというのが彼の名前です。そして、彼らは黒板に「許(シー)さん、先に行きます」と書き残しました。遅れてやってきた許(シー)さんは、黒板を見るや「許(ゆる)さん、先に行きます・・・みなさん怒ってます・・・」と言うのでした。


  1. 2015/06/14(日) 09:32:18|
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水任流・第31回英公様追悼遊泳祭(高松市)

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 番町にある水任流・流祖之碑です。

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 流祖・今泉家の邸宅跡のようです。二番町小学校と書いてありますが、現在は高松市埋蔵文化財センターです。
 水任流は、高松藩の初代藩主・松平頼重(諡号・英公)さんが、今泉八郎左衛門盛行さんに命じて藩士に教えさせたのが始まりです。高松市指定無形文化財として、水任流保存会によっていまも伝えられています。

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 第31回英公様追悼遊泳祭は、高松城(玉藻公園)で行われました。
 お堀の水は海水で、鯛がいっぱい。

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 この辺りが会場。

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 左に見えるのが天守台。

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 まずは、浮かんで字を書きます。

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 「第31回英公様追悼遊泳祭」。保存会の会長は高松松平家の当主のようです。

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 すごすぎる浮きっぷり。

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 「遊々是道場」。歩々是道場という言葉があるそうです。日常生活がすべて修行みたいな。

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 飛び込みもいろいろ種類がありました。くるっと回ったり…。

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 犬かき。これだけ技の名前を覚えています。

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 集団犬かき。他に、静かな犬かきもありました。

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 優雅。

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 個性的な型が次々と披露されます。どれも見た目に美しく、「型」ーっ!てはっきり分かります。

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 優雅。

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 どの型か忘れましたが、実際にお堀などを気付かれずに泳ぐことを想定したようなのもあるようです。

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 この泳法はすごかったです。ずっと写真のように上半身がかなり水上に出たまま、両腕がグルグル回って、エリマキトカゲみたいでした。

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 バタフライっぽい。

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 手の形がきれいでした。

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 静止。

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 かなり優雅な平泳ぎ。

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 見せる要素も。
 水戸の「水府流」、岡山の「神伝流」、大阪の「小池流」という他流派も参加されており、どれがどれか区別できていません。

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 最後に、長老っぽい方がご登場。
 もう、ビックリです。いくら海水とはいえ、まるで死海状態です。立ったまま浮いています。

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 すっごい浮いてます。

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 うつぶせでも、普通に浮いてます。本が読めそうです。恐るべし、古式泳法。

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 毎年、6月の第1日曜日に行われています。
 その他、水任流については、高松市のHP(文化財課)に載っています。保存会に入りたい方はぜひ。


  1. 2015/06/11(木) 17:36:45|
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大井戸・水神祭(高松市)

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 商店街をずーっと南に進み、菊池寛通りに出る一つ手前で東を向いています。すぐそこに大井戸があります。

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 大井戸は、近世初頭につくられた上水道の水源の一つです。→高松市内の近世上水道

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 四国新聞の昔の記事(2012.6.8)によりますと、「水神祭は、水のありがたさに感謝を示そうと戦前から行われていたが一時途絶え、住民有志が1978年に復活させた」そうです。

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 絵行燈が美しい。

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 お参りするところは、左の建物にありました。

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 今もちゃんと水が湧いています。

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 風情のあるお祭りに満足。




  1. 2015/06/08(月) 17:21:08|
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さかいでの昔話を探すツアー(坂出市)

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 「さかいでの昔話を探すツアー」に参加したのは、ずいぶん前になります。しかし、内容は季節と無関係で、そもそもテーマが、ツアーがちょっとぐらい昔だからといって気にならないほどの「昔話」です。
 まず、坂出駅の観光案内に集合。駅前には大きな久米通賢さんのレリーフがありました。

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 最初にバスで海岸まで向かい、あとはほとんど歩きでした。
 以前にも紹介したことのある、一文字防波堤です。久米通賢さんが塩田開発で埋め立てたときの、江戸時代の防波堤です。

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 それから、西に向かって歩いて行きました。地面の下には、先ほどの防波堤の続きが埋まっているはずです。

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 この辺は、戦後しばらくは海水浴場。

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 玉藻(ホンダワラ)がゆらゆら。古代から藻塩という塩がつくられたりしたそうです。

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 たこ焼き型のタンカー。LNG用?

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 海水浴場の端っこだった蛸崎(たこさき)。
 昔、この辺の砂浜で牛を遊ばせていたそうです。ある日、大蛸が出現して牛にくっついたそうです。牛は必死で逃げて、なんとか牛小屋まで帰りました。ビックリした飼い主が助けを求め、大勢でやっと大蛸を退治しました。タコさんはあとで食べられたそうですが、300人分あったそうです。まさに、もっけ(物怪)の幸い?

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 御供所八幡宮。

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 巨大な化け物魚(悪魚)を退治した武殻王(たけかいこおう)と家来たちがご馳走を食べて勝利を祝ったのが、御供所だという話が伝わっています。

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 「香川県知事米穀登録認可 常盤米穀店」という看板のあるレトロな道を通り…

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 大師の泉に到着。水不足で困っていたとき、理源大師が経を唱えて杖で岩を叩くと、水が湧いてきたという伝説があります。醍醐寺をつくった理源大師は坂出の沙弥島で生まれたという説があります。実際は、他県も含めて諸説あるようですが、元亨釈書(げんこうしゃくしょ)に讃岐の生まれと書いているそうで、香川県生まれの可能性は高いです。

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 この辺にも井戸があったようです。

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 御供所の鶏石(にわとりいし)。
 さかいでのむかしばなしカレンダーによると、日本武尊が熊襲征伐に行く途中、御供所の浜辺で眠ったそうです。明け方近く、敵が奇襲しようと船でやって来たのですが、鶏の声で目が覚めて戦いに勝ったそうです。あとでその鶏を探しても見つからず、鶏の形をした岩が2つ並んでいたそうです。
 1つは行方不明だし、こちらも鶏には見えませんが、埋まっているのかも知れません。

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 ビリケの井戸。由来不明。

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 八幡神社。

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 「明治三十七八年(2文字削除)記念碑 元帥公爵大山巌書」。明治三十七八(1904、5)年といえば日露戦争。

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 日清戦争の凱旋記念碑。
 このあと、少しだけバスに乗ります。そうとう歩いています。くたくたで歩くとき、ときどき謎の歌が頭の中をぐるぐる回ります。このときは「ドーはドーナ―ツーのナー」って歌でした…。思考力0。

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 西山八幡宮ですが、右の石碑にも小さく「へその宮」と彫られていて、へその宮として有名です。
 退治された悪魚のへそがこの辺りにあったそうです。

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 坂出高校の塀。現在の坂出高校辺りが古代の海岸線だったそうです。塀の向こうに見える松林は、そのころからある松林だそうです。かつては、構内にもっとたくさん松の木が残っていて東へ(写真でまっすぐ向こうへ)と並んでいたそうです。いまでは、一部がこうして学校の西の端に残されているだけです。
 この塀のちょうど裏側に、魚御堂の跡という石碑が建っているそうです。退治された悪魚の霊を祀ったそうです。

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 こちらは、その向かい(西側)の民家にある薬師の井戸。かつて、薬師堂があったそうです。
 薬師堂はどうなったの?薬師様はいずこへ?…調べてみたのですが、いまひとつ分かりません。 



  1. 2015/06/05(金) 19:04:55|
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うのべ山古墳(さぬき市)

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 うのべ山古墳は、旧鶴羽(つるわ)小学校の門から少し東へ行き、北へ入ります。湾曲した道で、右手になんかあるなと分かります。で、こんな掲示板が…。「四国最古級の前方後円墳で、津田湾古墳群の中で唯一の積石塚古墳です」。北側から回り込みますが、この向こうが古墳です。

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 「うのべ山古墳まつり」ののぼり。実は、前回紹介しました志度寺の柴燈護摩と同じ日で、両方お伺いしたのでした。
 人が写っていない写真をわざと選んでますが、行事の一環として古墳見学があり、かなりの方が参加しました。メイン会場の旧鶴羽小学校から近いですし。

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 前期古墳で、香川県に特徴的に多く見られる積石塚古墳です。国に史跡指定されています。

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 前方部。南を見ています。

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 大川広域行政組合(さぬき市と東かがわ市は旧大川郡で、2市をカバーする行政組織)・埋蔵文化財センターの方です。案内・説明をしてくださいました。ひとしきり説明が終わり、みなさん帰り始めたとき、2・3の方が質問をされ、説明してくださっている所。

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 後円部。

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 北西部の斜面をのぞく。

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 写真では分かりづらいですが、なんとなく古墳全体が階段状に形成されているように見えたので、尋ねてみました。すると、やはり、「そのように見える」そうです。ただ、のちの時代に付け加えられた形状かも知れず、まだ何とも言えないそうです。

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 これは後世のものっぽいので、尋ねてみると、中世(だったかな?)のお墓の一部らしいです。

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 もう一度、前方部からの景色。こちらは崩れやすいので立ち入り禁止。
 聞いたことはメモっとかないと、かなり忘却。記憶にございません状態。若いころは、「へーっ!」ボタンなことは忘れなかったものだが、忘却の川のせせらぎが近付いてきたということか。

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 旧鶴羽小学校は埋蔵文化財センターになっていて、日々、出土品の修復や調査研究が行われていますが、展示室もあります。旧石器時代から近世のものが展示されていました。写真は、古墳時代のもの。

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 須恵器の数々。

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 奥は中世の山城・雨滝城跡から発掘された物。

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 奥はやはり中世の城・六車城跡から発掘された物。

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 「明治三十一年 香川県鶴羽村立鶴羽尋常小学校第二回建築(?)二号室棟札」。
 今回の行事では、伝統芸能や体験学習などもありました。また、木村海産の食べるイリコをいただいて、おやつにガシガシいただきました。




  1. 2015/06/02(火) 18:07:34|
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プロフィール

犬の知人

Author:犬の知人
丸亀で生まれて、いまは高松の住人。2・3歳のころ見たマリンコングや七色仮面を覚えている。高校生の頃に使ったある参考書の臭いをありありと覚えている。etc.・・・記憶が残るほうなので、郷愁を感じるものが好きである。

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