どこいっきょん?

岡山・香川の史跡を中心に、マニアックに迫ります。

丸亀城はちょびっと紅葉

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 今年は、私が見た範囲では、香川県の紅葉はなんだかパッとしないうちに終わった感じです。城内にある丸亀市立資料館の企画展示を見に来たのですが、大手門付近にちょびっとだけ紅葉が見られました。

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 こんな感じ。

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 資料館前から。紅葉はホントにちょびっと。どことはなしに黄色が混ざり、秋の写真でしょうなー…という感じ。

 資料館では、本日で終了ですが、「源内焼の名品展」「京極家の家宝展」を見ました。丸亀資料館は無料で、企画展示のパンフレットはいつも、分かりやすくてきれいです。関係者の方々がいい仕事されてます。
 源内焼は、多くは作者不詳ですが、江戸時代のもので、たっぷり見られてよかったです。京極家の家宝展では、宇治川の先陣争いのとき、佐々木高綱さんが使っていた轡(くつわ)を加工して刀の鍔(つば)にしたものや、佐々木信綱さんの使っていた品々なんかに興味をひかれました。あと、将軍家に献上した文書の写しのなかに、以仁王(もちひとおう)の綸言(りんげん)なるものがあって、なんじゃこりゃー?と、ちょっと興奮しました。資料館の方にお伺いしたところ、有名な以仁王の令旨(りょうじ)とは別なようです。もちろん、以仁王は天皇ではないので、天皇の命令文書=綸旨(りんじ)ではなく令旨を発したわけですが、そもそも、綸言とは天皇の言葉を意味するので、最初からおかしいので、ちょっと尋ねてみたわけです。謎は深まるばかり。



 謎といえば、ロケット打ち上げ成功に関して、今朝のテレビでどなたかが「ロケット打ち上げは赤道付近が有利なので、日本は不利なのに、すばらしい技術力だ」とほめてましたが、ヒューストンの緯度も日本と同じぐらいでしょう?ヨーロッパはもっと緯度が高いし、第一、ロシアはどうなの???って思いました。「なんでやねん!」て思うことは毎日あるので、たまたま、今朝のことをとりあげただけで、この発言をした方は、どちらかというと私が好きな方です。なんの恨みもないし、深い話でもありませんので、誤解なきよう。

 「なんでやねん!」といえば、これまた、どちらかというと好きなNHKの「英雄たちの選択」で、「信長の葬儀」の回です。ときどき出演される、どこかの先生が、秀吉は信長の葬儀を盛大に行うことでお金をばらまいて、庶民の支持を得たと言いました。しかし、歴史の教科書に「貨幣経済に巻き込まれ…」みたいな表現がよく出てきますが、鎌倉時代からずーっと繰り返される武家社会の病、銭の病があります。資本主義経済ではないので、仕事をしない武士が贅沢してあっぷ・あっぷしているのが現実です。貨幣経済の浸透とともに、うまくやる商人たちは徐々に勢力が強くなります。『武士の家計簿』って映画がありましたが、あの家では節約に舵を切りましたが、その貧乏くささに注意が行きがちですが、<それ以前>の贅沢三昧を見落としてはいけません。家格にこだわって、どんだけ贅沢・無駄遣いしてるねん、そら、借金だらけになるわって感じです。大名家は言うに及ばず。庶民(大部分は農民)が苦しいのは、資本主義と違って給料が低いからとか、仕事がないからではありません。武士に収奪されているからです。また、武士がお金を溜めこむからではありません(遣いすぎて借金まみれ)。何かの番組で、エジプトのファラオは農閑期にピラミッドを作らせ、農民に仕事を与えてたのだ、あれは公共事業だとか言ってましたが、これと同じ、時代(経済)の仕組みが違うことが分からない大バカ者です。ファラオが農民に渡す給料は、農民から収奪したものです。その分が最初から手元にあれば、ピラミッドなど作らず、そのエネルギーをもっと有効に使えたはずです。そもそも、武士の仕事ってなんですか。自分たちが戦争しなくて済む仕組み、自分たちが収奪するための仕組みの維持に尽きるわけです。司会の磯部さんの新しい発想は常々大尊敬していますが、この回の「葬式民主主義」はないわーと思いました。民主主義なら、前総理大臣の葬儀に税金を大量投入などできません。仮に、その時代の庶民が誰かを支持したとして、「庶民の支持」イコール民主主義ではありません。ヒトラーは民主主義者ではありません。歴史的産物としての民主主義には、それを新たなものたらしめる理念があります。

 どんどん脱線しますが、こんなことを言う人がいます。「ピラミッドだってなんだっていいんだ。お金が回れば経済はうまくいく」。仮にそれが正しいなら、無益なことにすごいエネルギーをかけなきゃうまく回らない仕組みを正すべきでしょう。最近まで、先進国の資本主義経済はパイの拡大が、いろんな矛盾を吸収してきました。でも、量的拡大は限界のようです。いいことです。すごい生産力を手に入れたということですから。お金に換算した、生産、流通、消費される抽象的全体量が変わらなくても、新発明・新商品は現れるでしょうし、それが誰を幸せにするものかが変わったり、社会的不幸せの除去が進むなど、中身の進歩はアリなのです。いまの先進国の、それこそ「庶民が支持している」ことは、自分だけが贅沢三昧できること、そのために、貧困にあえぐ人が出ても仕方ない、必要なら武器も売って、その犠牲を誰かに引き受けさせる…というものではないでしょうか。それが、一部の人々しか享受できない贅沢品やサービス(高級自動車や別荘、高級料理…etc.)と、大多数の人々が消費する庶民的生活に必要な財・サービスとの生産を、この大多数の人々が生産する構図をつくっています。最近は、この大多数の内部に格差がつくられています。

 あれ?何の話か分からなくなりました。寝不足のせい???




  1. 2015/11/29(日) 13:01:19|
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八栗寺(高松市)で「紅葉…なしよ!」

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 11月中旬。八栗寺はちょっと高い所にあるから…と出かけてみました。が、欽ちゃん風にいうと「紅葉…なしよ!」でした。

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 いつ見ても、怪しい雰囲気を醸している五剣山。

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 右(南)端、1707年の宝永大地震で崩壊した五の峰。

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 小屋と、何かの罠のように見える、左の大きな岩が気になる。たぶん、いまは登山禁止だったと思います。

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 色付いているのはイチョウぐらいなのに、半分は散った感じ。木からしてみれば、エネルギー節約のため早く身軽になりたいのかも…。「スッキリして正月を迎えたいぜ」ってところ?

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 仁王門の横にある、お葉付きイチョウ(県指定保存木)も青々と?しています。光合成する気まんまん。やる気・元気・イチョウの木!

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 お大師さんの後ろ姿。南無大師遍照金剛…。

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 ありがたい景色。

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 本堂でお参り。

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 聖天堂。御本尊は歓喜天(かんぎてん)像で、商売繁盛などに霊験あらたかだそうです。牟礼庵治商工会によれば、ご開帳は50年に一度だそうです。この秘仏は、木喰以空上人が東福門院さんから賜ったものだそうです。東福門院さんは、徳川秀忠さんの娘で、後水尾天皇の中宮です。

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 木喰以空上人像。


 昨年の八栗寺の紅葉
 近くの栗山堂
 木食善住上人




  1. 2015/11/26(木) 17:50:01|
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柏原渓谷・岩部八幡神社・行基の湯付近の紅葉・黄葉

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 綾川町の柏原(かしはら)渓谷です。今年の紅葉見物はタイミングが悪かったのか、実際に自然条件が悪かったのか、全般的に鮮やかさに欠けて、昨年ほど見事な紅葉にお目にかかれませんでした。

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 柏原渓谷は、実はまだ、川に沿って歩いてじっくり見たことがありません。紅葉の美しい年に、ゆっくり歩いてみるつもりです。
 ここの難点は、クルマの擦れ違えない道が延々と続くことです。かなりのストレスです。どちらかというと、高松側から行く方が、擦れ違い用?スペースがまだあるような気がします。今回、そのしんどさを忘れ、まんのう町側から入ってしまい、後悔しました。すごい細い場所を延々と進んだタイミングで、トラックと出会い、頭の中が『チーン』と鳴りました。今のをバックしたら、谷底に落ちる自信がみなぎってたので、「こりゃもう、謝って下がっていただこう」と決意。クルマを降りて、トラックに近づきました。すると、トラックの方が、「ギリギリ寄せて下さったら、かわせます」と言うのです。よく見ると、ちょうどここだけ、山側(私の側)に少し窪みが、谷側に少し出っ張りがありました。さすが、運転のうまい人はパッと分かるのがスゴイ。すれ違う時、トラックの荷台の後ろの方に、ほんの少しはみ出ていた布袋が、私のクルマのサイドミラーを閉じ、車体をすりすりしました(キズなし)。これぞまさしく、擦れ擦れ。運転のうまい方と、柔らかい布袋に感謝!

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 渓谷にある、旧柏原小学校粉所分校。

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 高松市塩江町の岩部(いわぶ)八幡神社の大イチョウです。ずいぶん散ってしまってました…。

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 樹高は33m。

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 高松市によれば、1393(明徳3)年に細川頼之さんが社殿を修築したそうで、イチョウはそのころに植えられたそうです。

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 いっぱい散っている一方で、緑も多いのでした。「まだ、暖かいし、光合成しとこか」って感じでしょうか。

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 道の駅しおのえの川向こうにある、行基の湯です。

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 塩江美術館で、「写真でたどる塩江の記憶」を見ましたが、かつて、ここには花屋旅館というのがあったそうです。かつては、観光で大繁栄したそうで、美術館へ行くために橋を渡ったところにある食堂の位置に、電車の駅があったようです。


  1. 2015/11/23(月) 10:43:59|
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箸蔵寺(徳島県三好市)の紅葉(2)

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 ロープウェイを降りると、まず、本坊を囲む塀が目に入ります。

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 国登録有形文化財の「中門(ちゅうもん)」。明治初頭の築のようです。

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 国指定重要文化財の 「本坊」です。

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 1856(安政3)年の造営のようです。

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 本坊の右の方。

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 市川団十郎寄進の灯籠だそうです。

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 国指定重要文化財の「護摩殿」。

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 護摩殿の横。

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 後ろへずうーっと繋がっています。

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 国指定重要文化財の「鐘楼堂」。下層が板塀で囲まれる珍しい形。

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 1861(文久元)年の「薬師堂」。内部には、1826(文政9)年の「厨子」があり、ともに国指定重要文化財。

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 国指定重要文化財の「御本殿」。先ほどの護摩殿もそうですが、「…堂」ではなく、「…殿」なのに注意。すごい神仏混淆です。近代にはどうなっていたんでしょうか。

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 「五大力尊」。紅葉・黄葉が美しいです。


  1. 2015/11/20(金) 18:24:16|
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箸蔵寺(徳島県三好市)の紅葉(1)

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 箸蔵寺はなぜか「他県」という気がしません。香川県人に身近なお寺です。
 ロープウェイはかわいらしいです。

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 吉野川。ロープウェイの窓はきれいなのですが、光の加減で乱反射します。その時々で、見る方角によっては写真が撮れません。

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 国登録有形文化財の「高灯籠」です。うまく撮れてラッキー。
 ロープウェイはお寺の主要な伽藍がある所まで行きます。で、ここはちょうど中間地点に当たり、(上からにせよ、麓からにせよ)ここまで歩いて来るしかなく、まだ、現場に行ったことがありません。クルマが停まっていますが、道は狭く、かわすスペースがほとんどないと聞いています。よほどのツワモノか、ジモティか、関係者のクルマでしょう。

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 反対側に見える「仁王門」で、やはり、国登録有形文化財です。こちらも、無事に撮れてラッキー。

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 こんな感じで建っています。かつては高灯籠の明りが、吉野川を行き来する船の目印になっていたそうです。

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 いい感じに建っています。

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 上に到着してから、木々の間からなんとか撮った「高灯籠」。
 次回は、主要な伽藍と、そちらの紅葉を紹介します。


 
  1. 2015/11/17(火) 17:25:39|
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法泉寺(井原市)

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 法泉寺は高越城主・伊勢盛定さんの開基で、伊勢氏の菩提寺です。永享2(1430)年に古澗仁泉(こかんにんせん)さんを招いて、曹洞宗の寺院としました。古澗仁泉さんは曹洞宗の二大本山の一つ、総持寺の住職も務めた方のようです。

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 先ほどの門を入るとすぐ池があり、そのほとりを回って二つ目の門をくぐります。

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 石段を登ります。

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 本堂。

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 振り返ると、空が真っ青。

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 幼いころの北条早雲(伊勢盛時)さんは古澗仁泉和尚から学問を学んだそうです。「摺り袈裟」については、あとで説明します。

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 北条早雲(左)さんと父・盛定さんの供養塔(五輪塔)といわれています。

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 裏山へ少し登ると、得脱稲荷さんがあります。「得脱(とくだつ)」というのは、煩悩から解放されて、成仏することです。
 むかし、伊豆修善寺に伝わる摺り袈裟(経文などを書いた版木で、袈裟に摺って写す)がありました。曽我五郎さんが生まれ変わり、地獄に落ちている兄・十郎さんを救うために、墓にこの摺り袈裟をかけてやると、成仏できたといいます。北条早雲さんがこの霊験あらたかな摺り袈裟(版木)をもらいうけ、法泉寺に寄進しました。
 法泉寺の裏山に住む900歳の狐夫婦が、和尚さんにお願いして、この摺り袈裟を掛けてもらって成仏し、お寺の守護神になったのだそうです。

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 ここからの眺め。

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  1. 2015/11/14(土) 12:13:48|
  2. 史跡・文化財など
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高越城(岡山県井原市)

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 岡山の城跡で、ある意味、外せないのが高越(たかこし)城です(地図、右の方)。

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 小高い山の上にある駐車場から、城跡を見る。
 戦国の梟雄といえば諸説あるでしょうが、戦国大名第一号といえば、北条早雲。ここ高越城が、その生誕地といわれています。

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 なぜか、クリがいっぱい。野生動物が出てこないか不安。井原といえば、サルやイノシシが珍しくない土地柄。

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 いい風景。

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 「北条早雲生誕地」碑。

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 京都伊勢氏の一族とありますが、室町幕府・政所(まんどころ)執事、つまり、財政担当の長官を務めた一族です。井原にも土地があり、そこで生まれたのが伊勢新九郎盛時、北条早雲です。説明にあるように、56歳で初めて城をもち、大森氏の小田原城を攻略したのは64歳ごろです。一説によると、鹿狩りを装って領内に入り、小田原城を奪ったそうです。

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 室町幕府は京都にあったので、関東に鎌倉公方(足利一族)とそれを補佐する関東管領(上杉氏)を置きましたが、なんと、鎌倉公方は古河公方と堀越公方とに、関東管領は山内上杉と扇谷上杉とに分裂、敵味方に分かれて争っていました。関東は応仁の乱以前から、戦乱状態だったのです。北条早雲は1498年に、堀越(ほりごえ)公方の茶々丸を滅ぼしました。そんなこんなで、北条早雲は戦国大名第一号と見られています。

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 城跡はこんな感じです。北条早雲の井原出身説は、かなり有力になっているようです。


  1. 2015/11/11(水) 19:08:01|
  2. 史跡・文化財など
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南部伊平さん(高松市紙町)

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 紙町の墓地の端っこに「南部伊平君記念碑」が立っている。
 南部伊平さんは高松藩士です。松平頼真(よりざね)さんが1771(明和8)年に六代藩主になりましたが、翌1772年~天明(1781~89年)にかけて、自然災害や火災などが相次いで、庶民はもとより藩財政も窮乏したそうです。

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 「字(じー)がちょんもーて、読めへんがな!」とお怒りの声が聞こえてきそうですが、実は、あとで拡大して読もうと思っていたら、焦点が合っておらず、私も読めないという事態に…悲しすぎる。そこで、『わが町の文化財探訪』を参照に書いております。
 南部伊平さんは、この地方の水がきれいなことを知って、これを活かして産業を興せないかと考えました。伊予三島へ紙すきを学びに行き、そこから亀造さんという人を雇ってきました。

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 南部伊平さんは武士の身分を捨てて事業に精を出し、近畿の方まで売り込みに出かけるなどし、高松の製紙業の基礎を築いたそうです。

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 記念碑は赤丸の所です。伊平さんが製紙業に精を出すために住居を構えたのは、地図で少し右にある春日神社付近だそうです。
 地図がかなりピンボケですが、左に見えるのは高松市立鶴尾小学校です。

 「南部伊平君記念碑」の少し北にある観賢山久米寺については→観賢僧正など



  1. 2015/11/05(木) 17:39:34|
  2. 歴史
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前田城跡(高松市)

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 香川大学医学部の北西1km付近、高速道路の北側に前田城跡はあります。
 十河(そごう)存春(まさはる)=景滋さんの弟・宗存(むねまさ)さんが分家(前田氏)してつくったお城です。
 左の一角が少し高くなっていますが、たぶん、そのあたりから城跡だと思います。

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 さっきの写真から少し左(北)へ行ったところに、坂道があります。右の盛り上がりも城跡のようです。この道の先すぐ、左手に本丸跡があります。

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 石垣の見える所がそうです。ただし、石垣そのものは後世のものです。

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 少し行って振り返る。

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 本丸跡。木々に囲まれた内部は広くて、きれいですが、先祖代々の墓地になっております。
 たまたま、訪れたとき、ご子孫の方がお墓参りに来られていました。不審者と思われないように、2、3言葉を交わしました。

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 反対側の端っこ。右手は開けていますが、普通に家や田んぼの風景です。

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 2代宗春(むねはる)さん・3代宗清(むねきよ)さんと続きましたが、天正10(1582)年に長宗我部元親さんが攻めて来て、2年後に落城したそうです。

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 十河(そごう)城跡
 十河の郷・昭和おもいで館


  1. 2015/11/02(月) 17:22:18|
  2. 史跡・文化財など
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プロフィール

犬の知人

Author:犬の知人
丸亀で生まれて、いまは高松の住人。2・3歳のころ見たマリンコングや七色仮面を覚えている。高校生の頃に使ったある参考書の臭いをありありと覚えている。etc.・・・記憶が残るほうなので、郷愁を感じるものが好きである。

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