どこいっきょん?

岡山・香川の史跡を中心に、マニアックに迫ります。

備前の宇喜多氏(砥石城・乙子城・沼城)

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 瀬戸内市邑久町の砥石山(標高100m)です。

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 ここに戦国の梟雄・宇喜多直家のおじいさん宇喜多能家(よしいえ)の城がありました。

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 こんな感じの道を上がると、すぐ頂上です。

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 おーっ、見晴らしがよさそう。

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 備前の守護は四職の赤松氏。赤松満祐が有名で、1441年の”嘉吉の乱”で6代将軍・足利義教を殺した人です。このひとは、すぐ山名氏に討たれましたが、1467年~の”応仁の乱”のとき赤松政則さんが東軍の細川方について、山名氏から旧領、播磨・備前・美作を奪い返しました。がいな(讃岐弁で「いかつい」)一族です。赤松氏の守護代(室町時代の守護は京都にいて、地元は守護代に任せていた)が浦上氏で、これまたがいげな(いかつい)やつで、主家の赤松氏から備前を奪いました(根拠地は三石城、天神山城など)。
 宇喜多氏はこの浦上氏の家来でした。

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 1534年、宇喜多直家(1529~81)が5歳のとき、この城は島村盛実に夜襲されて、おじいさんは亡くなりました。直家は父・興家といっしょに脱出。はじめ、備後・鞆に行きましたが、のち、備前にもどって福岡(中世に繁栄した町、「一遍上人絵伝」で有名)に住み、再び、浦上氏に仕えました。

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 史跡はきれいに整備されています。

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 絶景。東を見ています。千町(せんちょう)川が流れています。

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 隣にも山があります。

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 石垣っぽいものも見えます。

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 西も開けています。

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 南東方向。

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 けっこう広いです。

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 南に道があります。すぐ石段があります。

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 石段を振り返る。

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 尾根伝いにずーっと道が続いています。

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 宇喜多直家の出発点、乙子(おとご)城(岡山市乙子)です。

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 標高約40mで、子どもの戦争ごっこにちょうどぐらいの大きさです。

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 当時は吉井川の河口で海(児島湾)に面していました。

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 すぐ、頂上です。

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 1544年に元服して、足軽30人を得てこの城を守りました。まだ15歳というのがすごい。乏しい食料を節約し、分け合いながら、海賊などを相手に激しい戦争に明け暮れたらしい。

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 戦争が無いときは、なるべく食べずにいたというから、ギリギリです。捨石にされてたまるかーっ!てところ。若いからできた武闘派時代です。

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 宇喜多直家の出発点だからでしょうか、掲示物が多いです。

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 その後の活躍で、城を他にももらったのち、1551年、沼城の中山信正の娘と結婚しました。

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 沼城跡です(岡山市沼)。形から、亀山城とも呼ばれます。

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 1559年、敵に内応したという理由で、義父の中山信正と、じいさんの仇・島村盛実とをやっつけました。以後、ここに移って、14年後に岡山城に移るまでの拠点になります。

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 それにしても、自分の嫁さんの父を「お義父さん、酒でも飲みましょう」とか言って城内に入り、酔ったところをバッサリですよ。ワルですねー。ちょうど30歳、戦国の梟雄の誕生です。

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 秀家生誕地の碑です。

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 久米郡久米南町の興善寺跡です。池の向こうに宝篋印塔(お墓)があります。

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 備前でのし上がった宇喜多直家は、備中の三村氏と対立しました。1566年、三村さんが興善寺に陣をしいたとき、宇喜多直家は遠藤又二郎・喜三郎兄弟という鉄砲の名手を刺客として送り込み、暗殺しました。写真は三村家親さんの宝篋印塔です。

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 付近の景色です。


  1. 2012/12/01(土) 21:56:01|
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Author:犬の知人
丸亀で生まれて、いまは高松の住人。2・3歳のころ見たマリンコングや七色仮面を覚えている。高校生の頃に使ったある参考書の臭いをありありと覚えている。etc.・・・記憶が残るほうなので、郷愁を感じるものが好きである。

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