どこいっきょん?

岡山・香川の史跡を中心に、マニアックに迫ります。

雲辺寺ヶ原史跡広場(観音寺市)・旅順模擬要塞跡(高松市)

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 雲辺寺ロープウェイの近くに、「雲辺寺ヶ原史跡広場」があります。

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 トーチカです。

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 掲示板の前に自動車が止めてあって、斜めからの写真になりました。日清戦争後はさらに軍備増強が進められ、1896年に善通寺に第十一師団(初代師団長・乃木希典中将)が置かれ、1901年に雲辺寺ヶ原が山砲の射撃場にされたとあります。明らかに、日露戦争(1904~05年)に備えてのことです。

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 左上、大谷池の北に「発射地点」とあります。右下のちょうど水色の川の源流の南が、字が読めないのですが「現在地」です。大砲の着弾地点を観測する場所です。他にも、中央付近とその右上に同様の「監的所」があったことが黄色の点で示されています。

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 間違って飛んで来なかったとは思いますが、ちょっと恐ろしいでしょうね。

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 こんな穏やかな田舎が、1945年に戦争が終わるまで戦場さながらだったとは、信じられません。

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 高松市西宝町の山に花樹海というホテルがあり、その少し上に「旅順模擬要塞跡」があります。最初に目に入るのがこのレンガづくりの建築物です。

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 そのあと、土を掘ったり、盛り上げたりした人工的な地形に出ます。

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 「第11師団は多大の犠牲(4,072名の戦死者、10,259名の戦傷者)を払いながらも百五十五日の攻略戦のすえ遂にこの要塞を陥落させた。高松市の実業家、牛窪求馬(うしくぼもとめ)翁は日露戦争を忘れないため、この地に旅順要塞の模擬要塞を造った。日本軍のみならず犠牲となったロシア軍の兵士をも追悼し平和を願ったのである」と記されています。

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 築造当時の写真です。

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 付近からの風景です。右手に屋島が見えます。


オマケ 日露戦争年表

1.義和団の乱1900→ロシアの満州占領+大韓帝国(1897~)のロシア接近
  →桂太郎内閣の対露強硬論→1902日英同盟 (伊藤博文の日露協商論=満韓交換は否定された)

2.a.非戦論・反戦論:幸徳秋水・堺利彦ら平民社(社会主義)、内村鑑三(キリスト教)
           与謝野晶子(『明星』に「君死にたまふこと勿れ」)
  b.主戦論:「七博士意見書」(戸水寛人ら東京帝国大学教授が中心)、対露同志会        
       『万朝報』(黒岩涙香)、『国民新聞』(徳富蘇峰)

3.日露戦争
  1904.2 旅順港・仁川沖の奇襲→宣戦布告
  1905.1 旅順要塞陥落→.3奉天会戦→.5日本海海戦(バルチック艦隊を破る)
  1905.9 ポーツマス条約(米大統領T.=ローズベルトの斡旋)
      日本全権:小村寿太郎―ロシア全権:ヴィッテ
    a.韓国に対する日本の指導・監督権
    b.旅順・大連の租借権、長州以南の鉄道+付属利権
    c.北緯50度以南のサハリン(樺太)と付属の諸島
    d.沿海州とカムチャッカの漁業権   以上、ロシアは日本に認める
   →賠償金をとれず、日比谷焼打ち事件

4.満州進出1906 旅順に関東都督府(関東州統治)・南満州鉄道株式会社(長春―旅順、炭鉱)
  →日米関係悪化、英・露と協調

5.1911 辛亥革命(清朝崩壊)→1912中華民国
  臨時大総統:孫文→袁世凱→軍閥の抗争


<朝鮮との関係>
1904.2 日韓議定書
    9 第1次日韓協約(財政・外交顧問)
1905.7 桂・タフト協定
    8  第2次日英同盟(米英、日本の韓国保護国化を承認)
   11  第2次日韓協約(保護国化)→漢城に統監府(初代統監・伊藤博文)
1907.6  ハーグ密使事件
    7  第3次日韓協約(韓国軍解散)→義兵運動
1909.10 伊藤博文暗殺(安重根)
1910.8  韓国併合条約―京城(漢城)に朝鮮総督府(初代総督・寺内正毅)
~1918  土地調査事業→接取した土地を東洋拓殖会社などに払い下げ
















 
  1. 2012/12/12(水) 22:26:59|
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Author:犬の知人
丸亀で生まれて、いまは高松の住人。2・3歳のころ見たマリンコングや七色仮面を覚えている。高校生の頃に使ったある参考書の臭いをありありと覚えている。etc.・・・記憶が残るほうなので、郷愁を感じるものが好きである。

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