どこいっきょん?

岡山・香川の史跡を中心に、マニアックに迫ります。

島木健作(木田郡三木町)など

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 島木健作さんは『生活の探求』しか読んだことはありません。改めて読んでみようとしたのですが、図書館にある本はどれも字が小さすぎて、読む気がしません。若い人にはこの辛さが分からないと思いますが、年をとると小さな字を見続けると、頭が痛くなります。最近はやりの本の読めるタブレットが、あらゆる本に対応してくれる時代になるといいのですが。

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 住居跡とありますが、実際はそうではありません。この石碑は元の場所から少し動かされています。ちなみにに、この場所は、琴電・平木駅からほんの少し東よりの新川です。写真で、南に琴電が走っています。

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 ここは、先ほどの線路からさらに南に行って、川沿いの道と長尾街道がぶつかった所から、斜め北に平木駅に向かう道です。地元の方によると、島木健作さんが住んでいたのは左の茶色の家だそうです。1926~28年にかけて住んでいました。そして、三木町での体験を1937年の『生活の探求』に書きました。香川県では1928年に、労働農民党の選挙活動などを行い、三・一五事件で検挙されました。
 『生活の探求』では、東京で家庭教師をしていた家での出来事が印象に残っています。生徒はもちろんお金持ちのぼっちゃんです。その家のお手伝いさんが何か粗相をしたとき、そのぼっちゃんがコップの水をお手伝いさんの頭からかけ、口汚くののしるのです(暴力があったかどうかは忘れました)。その女性はじっと耐えています。戦前を道徳観があったよい時代だなどと知りもせず言う人がいますが、お金のない人はこんなにも隷従させられていたことを忘れてはいけないと思います。やっぱり、民主主義はありがたいもんです。

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 全然関係ない話に飛びます。たまたま、新日本紀行で「うどん」というテーマをやっていて、大阪を中心に、昔はうどん屋さんで薬が売られていたというのです。あったかいうどんの後だと、よく薬が効くということで、薬屋さんが思いついたアイデアらしいです。写真は、琴平のかつてのうどん屋さんですが、屋根の上の看板に注目してください。

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 いろんな薬が出されていたことが分かります。NHKでは、大阪のうどん屋さんが、薬の宣伝も入ったホーロー看板を保存していて、「薬事法が出てから、看板をしまいました」と言ってました。


  1. 2012/12/30(日) 16:58:14|
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丸亀で生まれて、いまは高松の住人。2・3歳のころ見たマリンコングや七色仮面を覚えている。高校生の頃に使ったある参考書の臭いをありありと覚えている。etc.・・・記憶が残るほうなので、郷愁を感じるものが好きである。

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