どこいっきょん?

岡山・香川の史跡を中心に、マニアックに迫ります。

崇徳上皇の史跡(つづき)

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 崇徳上皇と関連の史跡を以前(8.17、7.24)紹介しましたが、そのとき紹介しきれなかった史跡をまとめて載せます。
 まず、讃岐に上陸した地点が「松山の津」です。

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 当時はここまで海だったそうです。

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 雄山・雌山の間の161号線を西に向かって登っています。

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 崇徳上皇が最初に住まわれた雲井御所は、綾川のそばにあった長命寺だったという説もあります。

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 大きなお寺だったそうなので、以前紹介した「雲井御所」の辺りまで広がっていたのかもしれません。

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 近くに「姫塚」(木が見える所)があります。

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 上皇と綾高遠の娘・綾の局との間に生まれた皇女の墓といわれています。

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 江戸時代に作られた「崇徳院御遊所池」の碑。雲井御所の近くの浜辺で、よくここに遊びに寄られたそうです。

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 さて、次に上皇の住まわれた木丸殿があった鼓岡神社は以前紹介しました。そこに1913(大正2)年、崇徳上皇没後750年記念に、木丸殿を再現する意味で建てられた「擬古堂」です。

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 同神社の「杜鵑(ホトトギス)塚」です。「啼けば聞く 聞けば都の恋しさに この里過ぎよ 山ほととぎす」と詠んだ上皇の気持ちを考え、ホトトギスを追い払ったり、殺したりしたそうで、ホトトギスを弔った塚です。 

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 以下しばらく、鼓岡神社周辺を回ってみましょう。まず、「椀塚」ですが、上皇がお亡くなりになったあと食器を埋めて供養したといわれています。

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 「柳田」は、上皇が実は暗殺されたという伝説の地です。

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 崇徳上皇と綾の局との間に生まれた皇子の墓といわれる、「菊塚」です。

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 讃岐国府がこの辺りだったといわれています。

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 国府を特定すべく、発掘調査が熱心に行われています。

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 「国府印鑰(いんやく)明神遺跡」の石碑です。

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 国府の印とかぎを保管した場所といわれています。

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 鼓岡神社すぐ東の池。

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 そのすぐ東の「開法寺塔跡」です。

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 讃岐国司・菅原道真も記録しています。

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 天皇寺・白峰宮は、崇徳上皇の御遺体を安置した場所です。

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 白峰(しろみね)宮・本殿は、上皇の御遺体を安置した場所に建てられ、上皇を祭っています。八十八の湧水はすぐ近くです。

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 さて、少し離れた白峰山の麓、高屋神社です。

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 上皇の御遺体を白峰山に運ぶ途中、この石の上に棺を置いて休息したとき、雷雨になって、棺から血が滴り落ちたといわれ、そのため、この地に神社がつくられたのだそうです。

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 巨大な鳥居の立つ「青梅(おうみ)神社」です。

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 白峰山で上皇が荼毘に付されたとき、不思議なことに、その煙が山の麓に向かって流れ、煙の消えた後に一つの玉が現れたそうです。その玉を祭って青梅神社がつくられたのだそうです。

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 「煙の宮」ともいわれます。

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 ここから、「西行法師の道」が白峰御陵・白峰寺へとつながっています。

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 「思ひやれ都はるかに沖つ波 立ちへだてたる心細さを」。上皇の歌です。

 →前篇


  1. 2013/01/20(日) 21:10:57|
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Author:犬の知人
丸亀で生まれて、いまは高松の住人。2・3歳のころ見たマリンコングや七色仮面を覚えている。高校生の頃に使ったある参考書の臭いをありありと覚えている。etc.・・・記憶が残るほうなので、郷愁を感じるものが好きである。

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