どこいっきょん?

岡山・香川の史跡を中心に、マニアックに迫ります。

井上通(いのうえ・つう)さん

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 丸亀城の北西角に立つ、井上通(いのうえ・つう)さんの像です。父は井上儀左衛門本固といい、1670~85年にかけて町奉行をした儒者です。母は井上氏配下の足軽・渡辺家の出身。像が建っている(立っている?)のは、母が住んでいた御手廻(おてまわり)長屋のあった場所で、通の生誕地。
 12歳ぐらいで「源氏物語」は当たり前、「古今集」やら、「四書五経」まで読んでいたというから賢い。”少女博士”と噂になり、23歳から養性院の祐筆として江戸で8年間暮らした。養性院とは、(京極氏としては)丸亀初代藩主・京極高和の正室で、ときの藩主(つまり2代目)高豊の養母。通さんは、養性院が亡くなって帰郷、30歳で結婚して3男2女を儲けた。江戸藩邸日記などを残す。
 養性院のダンナ京極高和のおじいさん・高次は、浅井三姉妹の初を正室としたことで有名(2人の間に子はない)。もともと京極氏は、源氏の佐々木氏の子孫で、室町時代には近江などの守護として、浅井氏の主家に当たるが、下剋上で浅井氏に仕えた。養性院のおじいさん藤堂高虎も浅井氏に仕えていた。両氏ともナンダカンダあっても、うまく切り抜けて近世大名として生き残った。
 井上通の日記には、大名家同士の婚姻関係から、エライサンの名がいろいろ登場する。養性院の弟・高通(伊勢久居藩5万石)は、西山宗因に学んだ人で、通の才能のよき理解者。養性院の生んだ阿久里(おくり)のダンナ対馬守・宗義真(10万石格)は木下順庵門下の雨森芳洲(あめのもり・ほうしゅう)を登用した名君。その二人の娘のダンナ亀井玆親(これちか)(石見・津和野藩4万3千石)も新井白石に学んだ名君。養性院の妹たちも、大名家の正室などになっているが、ダンナが早世するなど不運な者もいる。彼らが行き来すると、手土産がまたバカな金額になる。のんきなセレブたちの日常が見えてくる。
  1. 2012/08/03(金) 17:55:47|
  2. 史跡・文化財など
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丸亀で生まれて、いまは高松の住人。2・3歳のころ見たマリンコングや七色仮面を覚えている。高校生の頃に使ったある参考書の臭いをありありと覚えている。etc.・・・記憶が残るほうなので、郷愁を感じるものが好きである。

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