どこいっきょん?

岡山・香川の史跡を中心に、マニアックに迫ります。

飛龍丸(高松市)

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 香川県立ミュージアムにある、高松藩・御座船「飛龍丸」の中のお殿様の部屋を再現したもの(ミュージアムの中は、一部、写真撮影可になっています)。
 この飛龍丸については、詳しい絵図が残っていて、全国的にもめずらしいそうです。御座船(ござぶね)の全長は29m程です。その中に、二階建ての家が建っている感じです。再現されているのは1階部分の一部屋です。船の操船人数は90人で、乗員人数は30人ほどだったようです。
 今回は7月28日の、香川県立ミュージアム講座「瀬戸内を渡るお殿様の船」を聴きにいったことの報告です。内容の一部を紹介します。

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 金ぴかです。寝そべっていても、外から「殿!」とか言われたら、あわてて正座してロウ人形みたいに本を読んでいないといけない空気。
 戦国時代の軍船では、安宅船(あたけぶね)が一番大きく、次に、巡洋艦クラスが関船(せきぶね)でした。武家諸法度寛永令で500石以上の大船建造が禁止され、関船クラスまでとなり、これを改造したのが御座船だそうです。参勤交代の際、四国の大名は、大坂までは船で行ってもよかったそうです。高松藩は53艘持っていたそうですが、50艘で参勤交代したそうです(大坂まで2泊3日)。操員は940名ほど必要だったようです。

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 船の飾り付けには、三葉葵紋以外に、水戸藩の副紋・六葉葵が描かれていました(高松藩初代・松平頼重は、初代水戸藩主・徳川頼房の長男)。また、帆には船印(高松藩の船のマーク)として、黒い丸が大きく描かれていました。

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 参勤交代以外に、「舟遊(ふなあそび)」と称して、ものすごい回数、島々を周遊しています。特に、頼重さんが着任した初めの1年間は、52回に及んでいます。巡視と操船技術習得を兼ねたものではないか、というお話でした。また、1648年には、小倉まで出かけています(家老は先に出て、長崎まで行きました)。前年に(1639年に来航禁止されていた)ポルトガル船が来航していたので、このことと関係があるかも、というお話でした。うーん、ありかもと思いました。そういえば、教科書的には、親藩・譜代が外様を監視するように配置された、と抽象的に記されているだけですが、そうした意味での親藩などの具体的な活動を聞いたことがありません。そんなことに興味がわいてきました。





  1. 2013/08/03(土) 17:01:14|
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Author:犬の知人
丸亀で生まれて、いまは高松の住人。2・3歳のころ見たマリンコングや七色仮面を覚えている。高校生の頃に使ったある参考書の臭いをありありと覚えている。etc.・・・記憶が残るほうなので、郷愁を感じるものが好きである。

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