どこいっきょん?

岡山・香川の史跡を中心に、マニアックに迫ります。

塩飽勤番所の写真(丸亀市・本島)

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 10月19日の高松市サンクリスタル講演会『写真が語る香川の歴史』(講師:香川県立ミュージアム・野村美紀氏)で、以前、丸亀市・本島の塩飽勤番所で見た写真のことが触れられました。
 松尾延次郎(えんじろう)さんは本島出身、向井仁助(にすけ)さんは本島の隣の(丸亀市)広島出身です。咸臨丸でアメリカに行き、1860年にサンフランシスコで撮影されたものです。
 コロジオン湿板方式(湿板写真)といい、1851年にイギリスで発明されました。それ以前のダゲレオタイプ(銀板写真、1839年、フランスで発明)では、左右逆に写るので、刀や衣服を左右逆にして撮る必要がありました。露光時間も長くて首押さえなどが必要でした。しかも、焼き増しができませんでした。コロジオン方式では、これらをすべて解決しました。とはいえ、ガラス板にコロジオンという薬品を塗るなど面倒で、露光も一瞬ではありません。講演のあとで、湿板写真を一枚撮るのにいくらかかったのか質問しました。あとで調べてくださり、今の価値で(米価換算で)だいたい1万円強ということでした。
 写真が一気に広がったのは、1871年にイギリスで乾板が発明されてからです。ほどなくフィルムも発明されました。乾板以降、写真師が増加したそうです。香川県では明治30年代(1900年前後)に写真が一般に広がったようです。きっかけは日露戦争の出征の写真だったそうで、それ以外では、学校の記念写真で広がっていったようです。
 
 写真の話から離れますが、塩飽出身者が幕末以降、咸臨丸など洋式艦船の時代に活躍したことはよく知られています。『海援隊烈風録』(二宮隆雄著)では、多度津町・佐柳島出身の佐柳高次(さなぎこうじ)さんが主人公として描かれています。この小説を読む限りでは、坂本竜馬さんの行動の大筋は勝海舟さんのアイデアであり、陸奥宗光さんなんかは亀山社中の仕事をまじめにせず、結構ちゃらんぽらんだったようです。洋式艦船を学び、水夫の育成やら経営面やら、中心になっていたのは佐柳高次さんだったようです。外国の政治経済、法律なども意欲的に吸収していたようです。


大事なことを忘れていました。松尾延次郎さん・向井仁助さんの写真が香川県では今のところ最も古いものです(1860年)。ちなみに、いま日本で一番古い写真は島津斉彬さんの1857年の写真です(尚古集成館)。古い写真をお持ちの方は、ぜひ、お近くの博物館などにご連絡を。文化財になるかもしれません。



  1. 2013/11/10(日) 11:26:07|
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Author:犬の知人
丸亀で生まれて、いまは高松の住人。2・3歳のころ見たマリンコングや七色仮面を覚えている。高校生の頃に使ったある参考書の臭いをありありと覚えている。etc.・・・記憶が残るほうなので、郷愁を感じるものが好きである。

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