どこいっきょん?

岡山・香川の史跡を中心に、マニアックに迫ります。

ちょっとがっかりした話

前回の私の回答に対し、以下の反論が寄せられました。要約するのが面倒なので、そのまま載せさせていただきました。ただ、2つの論点に①②とこちらで番号をつけさせていただきました。再反論するまえに、まず、申し上げておきます。一度は、自分が間違った根拠に基づいて批判をしてしまったという罪悪感から、なんだか、余計に謝りすぎました。でも、お互いに人間という感情の生き物ですから、お相手の方(私が批判した人を尊敬する方)に対しても、いったん、チャラにしていただく上でそれもいいのでは、と考えていました。今度は正しい原文に基づきつつも、「確かに、間違えとは言えません」、「…という疑いがあります」と婉曲な表現をしたのもその流れです。ここらで「謝りすぎた」分をあるべき位置に戻させていただきます。お詫びの気持ちは、すでに十分に伝わったことと思いますので、再反論は気持ちを切り替えていきます。

★以下、寄せられた反論

 問題の訳について、さっそく記事を書いて頂き恐縮です。申し訳ないですが、今あまり時間がとれないので簡単に二点だけすぐ思い付いたことを書かせて頂きます。

①まず、これは解説されてるのですでに念頭にあってのことかもしれませんが、問題の箇所は、『物質と記憶』のおさらい的な議論です。二章のダルマのような図がでてくる少し前で同じ話が紹介されています。これは憶測ですが、平凡社訳はこの周辺の議論を反映しているために、記憶と知覚を、わざと分けて訳されているのではないでしょうか(もちろん、だからといって文法上同格であること、内容上も説明である点が見逃されているわけではないことは訳文を見ればわかります)。

②それから、「まだ」のニュアンスですが、これは、ここで問題になっている、記憶の「現実化」ないし現働化に関連するものだと思います。たしかに過去の記憶はそれ自体ではかつてあったもので「もはや」ないものですが、ここで主題となっているのはそういった話でしょうか?これから現実的になる、という観点からみて「まだ」現実的でない、と読むのが自然ではありませんか?

 もっとも、私自信この訳を決定訳として全力で推したいわけではありません。訳せと言われればもっとサクっと訳してしまうでしょう。ただ、(構文のとり違いでも、明らかなに無理な解釈でもなく)解釈の余地はあるかもしれないけど間違いとはいえない、そうした水準にはあるということを主張したいだけです。

 異論・反論歓迎します。テクストがより良く読めるようになるならそれが一番です。ただ、いま少し忙しいのでおそらく次のお返事は少し遅くなってしまうと思います。こちらから投稿しておきながら申し訳在りませんが、ご理解頂ければ幸いです。

★私の再反論と最後のアドバイス

②について
 純粋記憶、潜在的な記憶、無意識、なんと呼んでも構いませんが、それらは現実的な身体活動と結びつくことで現実化しますが、もちろん、ここでその一様態が描かれているわけです。しかし、ここで、「まだ現実的ではない」といわれているのは、記憶ですか?もし、研究者を目指されているならば、正確に読むことを心掛けてください。irréellesは記憶を修飾していますか。そもそも、ベルクソンがirréelsな記憶という言い方をしますか。irréelles はperceptionsを修飾しているのですよ。そして、「まだ現実のものではない知覚」という日本語は、記憶の反対、未来しか意味しえません。実際は、souvenirsを言い換えただけですから、<もはや現実ではない(過去になった)知覚>と言っているのです。ただ、それだけのことです。そう読むのが「自然ではありませんか」。「ダルマのような図がでてくる少し前」の話で、記憶の投射が語られていませんでしたか。

①について
 「記憶と知覚を、わざと分けて訳されているのではないでしょうか」、まさに、原さんはそうしているのでしょう。だから、誤訳だと言っているのです。知覚における記憶の侵入について語られていますが、いいですか、c'est une extériorisation de souvenirs, de perceptions simplement remémorées et par conséquent irréelles,この文中には、知覚のことは何一つ語られていません。「それは、記憶(=ただ思い出されただけの、つまり、非現実となった知覚)の投射であり」と言っているだけです。あなたは「二章のダルマのような図がでてくる少し前で同じ話が紹介されています。これは憶測ですが、平凡社訳はこの周辺の議論を反映して」いるのではないかと言います。実は、私も、原さんが<そのような混同をしているのではないか>と「憶測」していました。ここでの主題は夢です。「注意的知覚」(「反省的知覚」)ではありません。記憶の能動的働きと知覚という、ヒトである限り共通の大枠がそこにあるという話です。だが、「夢」では、知覚が豊かになっていく過程の分析は出てきません。

まとめ
 はじめて、原さんの日本語を読む人がどう感じるか、素直に考えてください。「知覚」を形容する2つの言葉、「単に思い出されただけ」と、「まだ現実のものではない」がどう整合性をもつのですか。一方は過去を指し、他方は未来を指しています。意味不明です。さらに、何の意図(勘違い)もないとすれば、「それは記憶を無意識の外に出して現実化すること、単に思い出されただけで、したがってまだ現実のものではない知覚を外在化してやることなのです」と、わざわざ下線部の言葉を付け加えてまで、何やら2つの側面が同時進行しているかのような、間違った読み方を誘導するような書き方ができますか。後半にしても、lesquelles profitent de la réalisation partielle qu'elles trouvent çà et là pour se réaliser intégralement.のlesquellesと ellesが、「ただ思い出されただけの、つまり、非現実となった知覚(=記憶)」であってみれば、私なら、思い切って、「記憶は……」と意訳します(ベルクソン自身がもとの講演ではそう言ったぐらいですから)。くどいようですが、ここでは「注意的知覚」における知覚と記憶の追いかけっこの話は出てきません。むしろ、行動の一種である注意的知覚とは正反対の、三角形の底辺がちらりとその姿を見せる現象が主題となっているからです。ベルクソンを金太郎飴式に読むことほど、非ベルクソン的なことはありません。テーマごとの差異をよく見極めましょう。

★もう一件と最後のアドバイス

この[犬の知人の]投稿はどの訳を購入するか検討中の方を迷わせてしまうのではないか(そして先に書いたように必要以上に訳者の方の印象を悪くしてしまっているのではないか)という思いからコメントに至った次第です。……例えば「この訳の評判はどうなんだろう?」と、ごく一般の方が[犬の知人のブログを]覗いた場合、購入を見送ってしまう可能性はある(あった)と思います。←[ ]内は私・犬の知人による補足

……ということですが、百万歩譲って、そういうことが「ある(あった)」とすれば、それはその人の勝手です。私は公人でも、学者でも、社会的影響力のある人間でもなく、社会の片隅でひっそり生息している名もなき「一般」人です。むしろ、一私人が書いてあるブログを、ただ真に受けるだけで、自分の頭で考えないとすれば、その方が問題でしょう(私は、このブログを読んでくださっている方々を、そのように考えてはおりません)。しかも、見てくださる方は40名ほどですよ。日本中で。その半数は、同じFC2ブログの方で、こちらからも見に行きますが、写真や歴史、地方の行事が趣味の方ばかりです。私も、そちらを主にしています。何を恐れているのですか???日本の人口が何人だとお考えでしょうか。被害妄想もいいところです。
 あなたはもっと冷静で思慮深い方だと思い込んでいました。哲学研究でも、社会常識でも。私の年齢はおよそお分かりだと思います。すでにしっかり、社会に貢献してきました。あなたは学生さんです。私の一歩引いた書き方に対し、あらゆる面で明らかに自分が正しいという立場からものを言う、上から目線の文章に、うんざりしました。今回、しっかり真似をさせていただきました。いいですか、私の諸先生方への批判は、世間一般から見れば、雲の上の人に対してコビトが徒手空拳で向かっている図です。あなたと私のやりとりは、一対一です。その違いも分からない。おそらく、私のブログを見てくださっている大人の目には、あなたが「慇懃無礼」に映っているはずです。あなたとのやり取りは、打ち切りにさせていただきます。おっしゃりたいことがありましたら、最後にコメントしてください。そのまま表示させます。こちらからはノーコメントにします。個人のブログがこういう仕組みになっている意味をよく考えてください。仮に、あなたのコメントを載せなくても、決して、不公平なやりかたではありません。「異論・反論歓迎します」って、まるで、あなたのブログに私がコメントを寄せているかのような書き方ですよね。そうです、あなたは、ご自分のブログを立ち上げ、そこで言いたいことをおっしゃればいいだけです。あとは、読者が判断します。


  1. 2013/11/20(水) 08:16:39|
  2. 哲学する
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6
<<柏原(かしはら)渓谷・弘法庵(綾川町) | ホーム | 訂正とお詫び>>

コメント

興味本位で通り一遍の読者(訳者あとがき)より

今年の紅葉は 予想に反して良いような気がします。
先日 白峯宮の手水舎のあたりを観てきました。秋を満喫しましたよ。


ところで、、間違えて! 原章二訳「精神のエネルギー」をamazonでぽちっつとしてしまいました。昨日到着。
いやはや なんとも、、、。何回もつぶやく、難解、、。

で、原先生の著書 「マラソン100回の知恵」の書評(5つ星のうち 1.0 教授、ブログでやってください 2011/12/24 )に ここで述べられているやりとり(ほとんど理解不能ですが)の原因の一端が書かれているみたいなので、興味があれば読んでみてください。

原さん訳は 翻訳に忠実であることと、日本語の意味を通すこととのすりあわせが専門家寄りな感じです。受験英語の和訳を思わせます。
彼は小林秀雄の影響でベルクソンに興味をもたれたそうです。私は 随筆家白州正子に興味があり 彼女が理解しようともがいた小林の説くベルクソンに興味はありました。が、あまりの難解さにとっかかりを失った感じです。
<生きている人のまぼろし>と<心霊研究>の章など 書き出しには強く魅かれるのですが、、素人向けの口語的翻訳本があればありがたいです。
 
  1. 2013/11/28(木) 18:50:08 |
  2. URL |
  3. かこのはな #-
  4. [ 編集 ]

コメント、ありがとうございます。

白峯宮はよかったのですね。今度、見に行きます。実は、丸亀によく行くのですが、白峰寺・根来寺は途中なので、少し前に寄ってみましたが、残念ながら、まだ紅葉が十分ではありませんでした。よい知らせをありがとうございます。
 原章二さんの訳はいいと思いますよ。私が問題にした部分は、やはり、誤訳だと思いますが、全般的にいい訳だと思いました。また、以前、『思考と運動』について2人の方の訳が、全ページ誤訳だらけだと指摘しましたが、原さんの訳(『思考と動き』)を見てみると、ほぼすべて正しい訳になっていました。比較して読めば、こんなに違うものかと驚きますよ。私と論争になった方への嫌悪感と、これとは別です。いままでの訳とは格段の違いがあります。
 哲学は難しいです。私は哲学専攻でしたが、大学に入学して2年間は、寝る時間を削って勉強しましたが、雲をつかむようでした。3年目から理解できるようになり始め、大学院の頃やっと教授と対等に議論できるようになりました。数年前、私はまだ岡山で仕事をしていましたが、私より10歳ほど上の、私が院生のころ講師だった教授の誘いで、翻訳の出ていない原書を読みましたが(前に言いましたっけ?)、仕事をしながら休日にやるので大変でしたが、内容がおもしろく、主として私が訳しました。それがベルクソンに関する研究書でした。それでベルクソンも原書で読み始めました。私が院生のころは、メルロ=ポンティやハイデッガーが亡くなったばかりで、サルトルが存命ということで、現象学の勢いがすごく、すっかり呑みこまれました。せめて、ハイデッガーに行けばよかったのですが、メルロ=ポンティに向かったのがまずかったです。結局、これというものが得られず、学問に見切りをつけて就職しました。あのとき、ハイデッガーかベルクソンに出会っていたら、また、違ったかもしれません。
 
  1. 2013/11/28(木) 20:52:48 |
  2. URL |
  3. 犬の知人 #-
  4. [ 編集 ]

re.

岡山はいいところですね。長くいらしゃったとのこと、うらやましいです。吉備津神社とかいいです!いつかお釜鳴り神事してみたい。

白峯宮前の細道を根来寺に向かう途中、取り壊された頓証寺殿の鳥居が道端に捨てられていました。同行してくださった地元歴史家の方も これはいかんなぁと憤慨されてました。お寺の名前の彫られた額の部分までありました。
私は21日に行きました。NHKも取材にきてました。紅葉なら根来寺が上かも。あと1週間は楽しめる?


哲学が必要な特別な価値観をもっていらしゃるのですから それ自体が私からすると すごいことです。どんな方と同時代を生きるかで人生も変わってくるのですね。そういえば 辻井喬さんが亡くなりました。ケルト関係の著書があったので先日読んだばかりで、、好きな文体の作家さんで残念です。

  1. 2013/11/28(木) 23:28:59 |
  2. URL |
  3. かこのはな #-
  4. [ 編集 ]

Re: re.

 鳥居の放置ですか。うーん。ちょっと興ざめですねー。寺社が大事にしないなんて…。
 いろいろと本を読まれていて、すごいなーと思います。辻井喬さん、ニュースになるまで知りませんでした。チェックしておいて、そのうち、図書館で借りてみたいと思います。
  1. 2013/11/29(金) 19:03:40 |
  2. URL |
  3. 犬の知人 #-
  4. [ 編集 ]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  1. 2015/06/14(日) 09:08:01 |
  2. |
  3. #
  4. [ 編集 ]

マニアックな?文章を読んでくださり、ありがとうございます。

 翼剣志郎さんは、フランス語を学習されていらっしゃる方でしょうか?フランス語圏の方francophoneなのでしょうか?日本の伝統に関わる活動をされ、フランス語が話せるというのはカッコイイですね。実にあこがれます。
 私は、会話がなかなか上達しません。もう、十年以上前に2級に受かったきりです。そのときも、筆記試験(発音の良い聞き取りは多い)は余裕でしたが、2次試験の会話で一度落ちました。しかも、二度目も、ほぼ聞き取れず、適当に話したのがまぐれで受かりました。会話教室にも通っていますが、このままでは1級は永遠の彼方です…。 

  1. 2015/06/14(日) 10:51:34 |
  2. URL |
  3. 犬の知人 #-
  4. [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://jaimelamusique.blog.fc2.com/tb.php/339-7ee82db0
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

犬の知人

Author:犬の知人
丸亀で生まれて、いまは高松の住人。2・3歳のころ見たマリンコングや七色仮面を覚えている。高校生の頃に使ったある参考書の臭いをありありと覚えている。etc.・・・記憶が残るほうなので、郷愁を感じるものが好きである。

最新記事

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (59)
史跡・文化財など (346)
音楽 (15)
ひょっこり思ったこと (5)
歴史 (40)
自然 (125)
映画 (5)
信仰・民俗・伝統など (71)
哲学する (14)
名勝 (1)

カレンダー

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

FC2カウンター

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR