どこいっきょん?

岡山・香川の史跡を中心に、マニアックに迫ります。

とんでもない映画

 古い日本映画が好きな私ですが、子どものころから映画が大好きです。好きな映画の事も書いてみたいけれど、今回は、とんでもなく下らなかった映画について述べてみたいと思います。
 『シックス・センス』。これはある意味ものすごいドンデンガエシでした。物語が始まってすぐ、主人公は死んでるんじゃないかと思いました。その程度のビックリなら、早々に明かされて、さらに二転三転あるんだろうな、と見続けていると、どうもそんな気配がしない。「いやいや、見くびってました。そんな、しょうもない設定はないよな、失礼しました」と、心を入れ替えて観賞し続けた挙句が、「実は主人公は死んでました!」、ジャジャーン!はい、一巻の終わり。このときの虚無感ってなかったですね。同傾向のものとして、『ユージュアル・サスペクツ』がある。「一番怪しくない人が犯人」という、鉄則通り。あまりに意表を突かないラストに、意表を突かれました。
 小学生のころ、児童名作文学集を親が買ってくれ、『怪傑ゾロ』だの『若草物語』だの『小公女』だの『嵐が丘』だの、どっぷり作品世界に浸りました。そんな中にポーの短編『盗まれた手紙』がありました。小学生の私は探偵の推理に感心しましたが、それ以上に驚かされたのが解説文でした。著者はどなただったのでしょうか、こんな内容でした。実際に警察が捜査したら、手紙はすぐに見つかってしまいます。本当にすごいのは、探偵の推理に感心させるポーの筆の力なのです。と書かれてありました。私は「言われればそりゃそうだわ、なるほどなー」と小説以上のインパクトを受けたのです。それ以来、推理小説も大好きになりました。『黒猫』のような、犯人の心理を描くものにもドキドキしました。『宇宙からのロボット大使』などのSFにもはまっていきました。しかし、書く方は大変だけど、読む方はだんだん慣れてきます・・・。それで、ドイルの『バスカヴィル家の犬』などは、のっけから犯人が分かって、推理小説から離れて行くきっかけになってしまいました。それでも坂口安吾の『不連続殺人事件』や乱歩の『陰獣』などにはうならされました。両方とも映画化されていますが、筆の力はうまく映像化できないものだと思います。サスペンス物は、もとがしっかりしていても難しい。いわんや、へなちょこな脚本をやです。
 また、サスペンスとしては成功しても、いや、それだからこそ余計にひどい映画として、『容疑者Xの献身』を挙げざるをえません。単なる道具として人を殺す残虐さを一顧だにせず、これを「献身」とする扱いに、見終わったあと胸がむかむかしました。こんな作品が社会的に許されてよいのかとさえ思いました。殺人事件をゲーム感覚で見せる『名探偵コナン』でさえ、理由のいかんを問わず「殺人は卑劣」という立場を堅持しています。私はかつて、ホームレス援助をされているNGOの方から詳しい話を伺ったことがあります。本当に、ごく普通に仕事ができて、ごく普通に家庭を営んでいた人々が、まるでイス取りゲームのように、「なんで私が」という“心”の介在する間もなく、社会からドロップアウト“させられる”事実を知りました。中には、有望なスポーツ選手として企業に迎えられ、怪我をしたら、それまでの貢献など無かったかのようにリストラされた方もいます。
 ちょっと脱線しますが、私が子どものころの“ヒーロー”は、人を殺しませんでした。物語の中で、「どんな悪人でも殺してはいけない」と毎回のように繰り返していました。水戸黄門も最初は峰打ちでしたが、いつの間にか、運の悪い家来が切られるようになりました。ハリー・キャラハン刑事が衝撃的だったのは、そういう時代背景もあります。
 ついでに、『キサラギ』という映画もひどかったです。解決に結びつくための材料を小出しにしていくタイプのミステリーですが、すぐに気付くような事なのに、主人公らがなかなか気付かないし、あとの推理も遅い(イライラ)。さらには、ムリヤリな間違った推論を立てて回り道する始末(またイライラ)。見てる側が感心する作りにしなきゃダメでしょ? また、江戸川乱歩が言ってたと思うが、ミステリーはなるべく早い段階で正解に導ける材料を提示するのが本格的で、最後まで正解に必要な材料を見せないなら推理ものとは言えない。横溝正史などは、最後の最後に核心的事実を示すことが多く、冒険ものに近い。



 蛇足ですが、本当の日本刀は峰で打つと弱いので、刃の方で叩いてました。鎧を着けての戦いでは、首をとるとき以外は、切るよりは叩くのが主たる使い道といわれています。そもそも、鉄砲登場以前、武士の技とは、即ち、馬上で弓を引く技術でした。飛び道具が圧倒的に有利です。刀を構える武士しかいなかったら、石を手にした方が勝ちです。今、道路で石畳が少なくなったのも、かつてこれを投げる民衆がいたからです。
 蛇足の蛇足ですが、石碑、石造物、それに、石器や岩に描かれた絵、さらには、化石まで含めると、石は過去を残し伝える最強の物質かもしれませんね。人が「化石」に譬えられるのはいい意味ではありませんが、時には、「化石」の声に耳を傾けてはいかがでしょうか?



  1. 2012/09/09(日) 15:37:39|
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Author:犬の知人
丸亀で生まれて、いまは高松の住人。2・3歳のころ見たマリンコングや七色仮面を覚えている。高校生の頃に使ったある参考書の臭いをありありと覚えている。etc.・・・記憶が残るほうなので、郷愁を感じるものが好きである。

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