どこいっきょん?

岡山・香川の史跡を中心に、マニアックに迫ります。

伊舎那院(いしゃないん、三豊市)

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 三豊市によれば、伊舎那院は1587(天正6)年に長宗我部元親に焼かれ、慶長年間(1596~1615年)に再建されたそうです。値打ちものの建物じゃないですか。なんで、あまり知られていないのでしょう???

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 山門の金剛力士像は高さ約2m。

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 金毘羅宮から贈られたもので、なんと、鎌倉時代だそうです!!!

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 奥の本堂は新しいものです。

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 塔も古そうです。

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 天井の絵もきっと価値があると思います。特に説明もなく、さりげないのが不思議。

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 こちらも、鎌倉時代後期の石造宝塔。

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 橘城主・大平国秀さんの供養塔とあります。大平氏は歴史の古い武士ですが、国秀さんは香川氏と運命を供にした戦国大名のようです。すると、「鎌倉時代」と矛盾してますよ…???戦国好きの方には残念かもしれませんが、鎌倉時代のものの方がもちろん貴重です。さらっと書かれたこの謎や如何に?
 「伽藍(がらん)」は寺院の建物群のことで、「七堂伽藍」は一通りそろってますという意味です。そういえば、高校日本史の入試問題で出題される、奈良時代までの伽藍配置の変遷って有名ですが、どうも疑問な点があります。要は、仏舎利(お釈迦様の骨)をおさめた塔を中心とした、最初の飛鳥寺式から、仏像を納めた金堂が中心になって、塔がどんどん外へ出されるっていう6パターンです。最後は、東大寺式(塔が中門の外)→大安寺式(塔が南大門の外)となります。で、何が気に食わないのかっていうと、大安寺より東大寺の方が後に作られたってことです。どうして、順序を逆にしていいんでしょうか???
 時々、こういう謎が普通にあったりします。



  1. 2014/07/08(火) 21:44:39|
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  1. 2014/07/09(水) 21:57:24 |
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小さな香川で新しい発見が楽しみ

 いつも見ていただき、ありがとうございます。
 実は、伊舎那院は石造宝塔が目的で、初めて訪ねました。
 貴重な文化財がたくさんあって驚きました。歴史一般に興味があるのですが、どちらかというと、中央の、あるいは、よく知られた日本の歴史との(できれば意外な)「関連性」に興味があります。でも、ひたすらマイナーなものに興味がないわけではありません。なので、ネタは尽きません。その上、同じ場所での新たな魅力発見も楽しいので、きりがありません。今回の伊舎那院は、けっこう勢力のあったお寺のようで、まだまだ奥が深いと思います。
 三豊や観音寺の人からすると、江戸時代のご城下は遠かったでしょうね。現在の西讃の人間が県庁が遠く感じるみたいなもんでしょうか? 昔の人の距離感て、どうなんでしょう。かなりの範囲を歩いて行ったようですし、古代中国の人の行動範囲なんてビックリです(特に遊牧民)。
 弥生人そのものが、広い意味で渡来人(と縄文人との混血)のようです。以前は、稲・金属器などだけが伝わったのか、人も来たのか、どっちだろうなんて言われてましたが、どうやら風貌の遺伝なんかを見ても、人が渡って来たようです。
 お知り合いに、観光のための初代・浦島太郎さんがいらっしゃるというのはうらやましい。あちらの方は、いま知っている限りでも、まだまだ未体験ゾーンがいくつもあります。
 コメントは、どうかお気楽にお願いします。

 
  1. 2014/07/09(水) 22:55:55 |
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  1. 2014/07/09(水) 23:52:45 |
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三豊市は興味が尽きない濃いー所です

 三豊の賀茂神社や妙見宮などは、そうとうズゴイですよね。ナニコレ!?とまでいかなくとも、ナンジャコレ!?ぐらいはいってます? 仁尾町は不思議な趣きがあり、古き良き伝統がいっぱい。私はまだ、浦島神社へ渡っていませんし、いろいろ、未開拓です。
 丸亀城は、山崎氏までは南に大手門がありました。京極氏はたぶん、港が丸亀の玄関なので北に大手門をつくったのでしょう。
 最近見た、県立文書館の展示で、住職のいない寺の領地をめぐって近隣の村々が争い、解決したのち、伊舎那院から住職を派遣したみたいな(ちょっと、うろ覚え)古文書がありました。奈良国立博物館にも伊舎那院にあったらしい奈良時代の仏像があるようです。まだまだ、おもしろい(?)話がひそんでいるような…。
 「日ユ同祖論」は初めて聞きました。まじめに考えてはいけないのかも知れませんが、私的には、ちょっとキビシイ説かな、と思います。そもそも「ユダヤ人」とは、ほぼ「ユダヤ教信者」のことを意味すると考えられるからです。人種も民族(宗教以外)も異なります。世界中のユダヤ人で、祖先をパレスチナにまでたどれる人(実証できるできないにかかわらず、事実として)はほとんどいないと思います。ローマの支配などによってディアスポラはあったでしょうが、それ以上に、パックスロマーナで宗教が伝播、拡大したと考えられます。もちろん、ユダヤ人的な身体的特徴は俗説で、完全に否定されています。
 日本との関係で言うと、「同祖」というほど遡るには、身体的に(DNAやら)立証するしかないと思います。あるいは、言語学的近親性など。祖先を同じくするとまでいかなくて、日本に大勢やって来たという話でも苦しいと思います。とにかく、やって来たその時代の痕跡がなさすぎだと思います。考古学的にも、史料的にも。史料がある時代では、漢書地理志以降に記載がありません。日本書紀は中国・朝鮮の史料を参考にしていますが、5世紀の渡来人については書いています。あと、断片的な文物などの共通性については、偶然の域を出ないか、唐の時代以降は中国に世界中の人間が来てますので、たまたま、ユダヤ教に関する何か、もしくは、人が日本に入ってきても不思議はありません。飛鳥時代にすでにギリシャの建築様式やペルシャの文物がたくさん伝来しています。こぼれ話としてオモシロイのは、有名な興福寺阿修羅像(奈良時代)は、目の色を塗料の痕跡から調査すると、青かったそうで、青い目の少年をモデルにしたかもしれないそうです。祇園祭は、戦国期の京都の町衆(ちょうしゅう)が一新したものが、今に伝わっています。16世紀には黒船がたくさん来航していますので、これまた、何かユダヤ教に関する文物が伝わっていても不思議はないと思います。鎖国以後も、西洋の文物はオレンダから入りますし、8代将軍吉宗以後は、中国から漢訳洋書もどんどん入り、西洋の知識はどどっと広がったようです。
 だんだん、何の話か分からなくなりました。すいません。


  1. 2014/07/10(木) 18:31:44 |
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  1. 2014/07/10(木) 22:25:12 |
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子どもの頃「仏像(ぶつゾ!)」「銅像(どうぞ!)」遊びがはやりました

 阿修羅像の彩色の復元は、たぶん、NHKで見たと思います。外国の少年説は、出演者の画家の方が言っていました。私の中では興福寺といえば、興福寺の奈良法師か、延暦寺の山法師か、という暴れん坊な僧兵のイメージ。山田寺の本尊を盗んだり、やりたい放題。また、奈良法師は春日神社(藤原氏の氏神)の神木をかついで暴れました。天台座主の方も有名な慈円までは藤原氏が多いです。
 京都御所は秦河勝の旧邸だったんですね。知りませんでした。秦河勝さんは聖徳太子と関係が深く、広隆寺の弥勒菩薩のことが一番に思い出されます。(新羅に多い)固い赤松でできていて、相当の技術がいると聞いたことがあります。国宝第一号の仏像ですが、ある大学生がこの仏像が好きすぎて、思わず頬ずりして、指をポキっと折ってしまった事件も有名です。想像するに、頭が真っ白という体験で最上級のものはこの人の体験でしょう。

   
  1. 2014/07/12(土) 10:24:50 |
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Author:犬の知人
丸亀で生まれて、いまは高松の住人。2・3歳のころ見たマリンコングや七色仮面を覚えている。高校生の頃に使ったある参考書の臭いをありありと覚えている。etc.・・・記憶が残るほうなので、郷愁を感じるものが好きである。

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