どこいっきょん?

岡山・香川の史跡を中心に、マニアックに迫ります。

丸亀金毘羅街道(4)

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 冨熊神社から少し進んだ場所に、平成の丁石と案内板。

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 田んぼのせいでしょうか、街道がギザギザに。現在のまんのう町(右)・琴平町(左)の境界もこのギザギザです。

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 「金」の字の自然石灯籠。「京小道具屋笹屋嘉右衛門」とある百二十四丁石。

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 琴平町に入り、代官所跡。

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 1642(寛永19)年から、苗田村・榎井村・五条村・五毛村が天領となり、年貢は満濃池の改修や用水路の整備などに充てられた。

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 こんな感じで、もう少し南へ向かいます。

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 ここで西に曲がり、象頭山へと向かいます。右手に見える石碑と彼岸花の見えるところは、奈良出身の放浪の画家・大原東野さんの住居跡です(今回もパンフレット『金毘羅街道』に頼っています)。

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 多くの文人たちが訪ねたそうです。ここの藤棚が見事で名所になっていたそうです。明治30年ごろ藤棚は金毘羅宮北神苑に移されました。百三十一丁石の寄進者は京都・後藤八郎兵衛さん。

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 横瀬の石鳥居。1871(明治4)年の建立。児島(岡山県)・塩飽(しわく)島・丸亀・琴平の人々の寄進によります。道はこの後、ガード下をくぐって南へ向かい、いよいよ昔の中心街に近づきます。

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 右側の野崎武吉郎さんは、塩田王・野崎武左衛門さんの孫だと思います。参考→野崎家旧宅など

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 横瀬の石灯籠は備中国酒津村・梶谷伊平治さんが寛永10(1871)年に、地蔵堂は横瀬と金毘羅茶屋の人々が嘉永7(1854)年に寄進したもの。
 この後は、ぜひ、以下をご覧ください。

 金毘羅付近の丸亀街道・多度津街道
 阿波街道、伊予・土佐街道など
 高燈籠など
 日柳燕石さん
 日柳燕石ゆかり展
 松里庵など




  1. 2014/10/06(月) 08:28:50|
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丸亀で生まれて、いまは高松の住人。2・3歳のころ見たマリンコングや七色仮面を覚えている。高校生の頃に使ったある参考書の臭いをありありと覚えている。etc.・・・記憶が残るほうなので、郷愁を感じるものが好きである。

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