一番下の赤い線が古代の海岸線です。次に、江戸時代の海岸線が真ん中の青い線。最後は、1826年に久米通賢さんを中心に塩田開発されたときの海岸線が、いまの海岸線である一番上の赤い線。
坂出高校の南西角にある松林は、古代の海岸線にあった松林が残ったもの。といっても、一本一本は枯れますので、松林全体として今に続いてきたということです。かつては、学校の南側を東に向かってずーっと続いていたそうです。
写真向こうが東です。海岸線は、この方角に延びていたので、こう見た方がイメージがつかみやすいかも。
今度は、江戸時代の海岸線を見ましょう。青線の右端にある青●に、この石灯籠があります。
「新開常夜灯」です。 灯籠の右下に海の堤防だった石垣があり、これが延々と西へ向かって残っています。
「
坂出の昔話を探すツアー」に参加したとき、地元の参加者の方が教えてくださり、ツアーのあとで個人的に案内してくださったのです。感謝感激です。
ここは確か、東を振り返って撮ったもの。石垣は現在の道からは少し南で、知らないと気付きにくいです。
この家は海岸べりに建っていたそうです。この位置に家があったということか、この家がリフォームしつつ続いているのかは、忘れました…。このあと、商店街を越え、少し南にずれてさらに西へと石垣は続きます。
けっこう歩いたあと、広めの駐車場が道の南側にあり、その奥に石垣がはっきり残っています。
こんな感じ。
最後は、地図の一番上。すでに紹介済みの、久米通賢さんがつくった一文字防波堤。東を見ています。
先ほどの位置から、西を見ています。この道の下に防波堤の続きが埋まっているはずです。
- 2015/07/08(水) 18:18:31|
- 史跡・文化財など
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