どこいっきょん?

岡山・香川の史跡を中心に、マニアックに迫ります。

たかはたの「たこ判」(綾川町羽床)

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 この世に「たこ判」なるものがあることを初めて知ったのは、もう何年も前。テレビかなんかで、三豊市の小さなお店でやっていて、安くておいしい、しかも巨大と聞いて、ぜひ食べてみたいと思いました。しかし、遠いので、何かのついでにと思いつつ、そっち方面に用があるときには、ぽっくり忘れているのです…。そのうち、丸亀でもやっているらしいと聞き、こっちはより近いので行く機会も多く、ちゃんと覚えていて探索するも、場所が分からず…。閉店???次には、坂出でやっていると聞き、ついでのある時行ってみるも閉店中…。そしてついに、現物にお目にかかれたのでした。おいしかったです。欲を言えば、もっと植物が入っていてほしいところ。170円なので、ぜいたくは言えぬ身分なのでした。罰が当たるぞ、控えおろーっ!ってところ。卵が濃厚で、タコも少し入ってて、満足。でもやっぱり、キャベツ代の分高くなっても、ドサッと入ってたらもっとおいしかろう…などと、さがりおろーっ!な狼藉者発言をしてしまう、いやしんぼなのでした。
 ことでん羽床駅付近の377号線を1.5㎞ほど南下。左手にお店、右手に駐車場があります。タコ焼きも気になる…。火・水が休みで、10:30~19:00。若い人がやっています。
 実は、多度津町立資料館へ「我が家のお宝展」を見に行き、その帰りに寄ったのでした。多度津町立資料館はこじんまりしてますが、展示は毎回、かなり貴重なものにお目にかかれます。今回も、日英同盟記念皿とか、日露戦争中の号外がたくさんあったり、勝海舟の手紙もありました。丸亀の矢野道場の印可状もありましたが、矢野道場は坂本龍馬も訪れたところで、丸亀藩の勤王派のたまり場だったようです。他にも、陸軍大演習記念図とか、柳田國男からのはがきとか、貴重なものがいろいろありました。6月30日まで。


  1. 2016/06/21(火) 23:18:42|
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はなや食堂(善通寺市)

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 金倉寺の南にある「はなや食堂」です。うどんやさんです。乃木希典さんが金倉寺を宿所としていた際、出前をしていたという由緒あるお店です。

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 本日は突如、真夏の暑さになり、冷やしうどんにしました。うどん大と、スルメの天ぷらで330円。うどんはコシがあっておいしかったです。「お店はいつごろから続いているんですか」とお伺いすると、「(約)140年前から・・・」っておっしゃってました。えーっ!それはもう、明治になるとすぐってことですやん。すごい。
 壁には色紙がいっぱいあって、RSKの国司(くにし)さん(岡山・香川では有名)や、スギちゃんなど来られていました。


金倉寺客殿
金倉寺周辺
円珍さん産湯の井戸
旧陸軍第11師団司令部など


  1. 2016/06/11(土) 19:32:31|
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旧下野呂内小学校(徳島県三好市)

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 ここは徳島県ですが、香川県に近い場所です。香川県三豊市から徳島県三好市に入る県道6号線沿いにあり、国道32号線に出る少し手前です。県道6号線と国道32号線との合流地点は猪鼻峠を抜けたところで、香川県人にとっては「すぐそこ」です。

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 下野呂内小学校については、三好市のHPにたくさんの写真と図面までが載っています。たぶん、学校名で検索するとすぐ出てきます。

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 いい感じです。

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 「村の写真集」という映画(2004年)で、ほんの一瞬ですが出てきます。私はレンタルで借りて見たのですが、本編でのこのシーンの短さに比べ、メイキングではかなり長々と撮影シーンが出てきます。監督さんがコメントで、この学校がすごく気にいったとおっしゃってました。
 映画は感動しまくりです。これぞ日本映画といえる、一つの典型だと思いました。役者とその演技、そして、あの風景がなければ成立しない、映画である必然性がひしひしと感じられる、いい作品でした。


  1. 2015/10/15(木) 17:37:50|
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おいでまい!高松運転所(10月10日)

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 いま流行りの鉄道ファンというわけではありませんが、普段、見ることのない場所なので、新鮮な風景でした。


  1. 2015/10/12(月) 11:23:22|
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遍路道標(多度津町の道隆寺・丸亀市の土器川)

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 四国新聞の「辿る―遍路道学術調査から(16)」にでてくる、遍路道標を紹介します。
 第七十七番・道隆寺は和気道隆さんが創建したと伝えられています。門の前の小さな石碑が、遍路道標です。

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 「是ヨリ 第七十八番(宇多津の郷照寺)エ 一里半」。

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 お寺の前にある、遍路の店・サンエイさん。眼蘇茶という、目に良いお茶を売っています。
 道隆寺の本尊・目なおし薬師様は霊験あらたかだそうです。京極高通さん(初代多度津藩主)の三男・左馬造さんは幼少のころ目が悪かったそうですが、お母さんが道隆寺の薬師如来様にお願いすると治ったそうです。

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 門の南の道沿いにも道標が。善通寺(75番)・金倉寺(76番)とともに、金毘羅さんを案内しています。

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 大師堂の前には、空海さんと衛門三郎さんの像。

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 お寺の北側にも道標があります。

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 「寛政六(1794)年」「是より右 宇多津道場寺(=郷照寺)迄(まで)一里半」。

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 丸亀市・土器川の蓬莱橋西側にある常夜灯です。
 向こうには飯野山が見えます。橋の下には、琴平急行電鉄の橋脚の残骸があります。

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 「川渡左遍路道」。道隆寺から来た遍路道は、風袋町を通ってここに出ます。蓬莱橋付近を渡ったあと、土器川の東側を少し北へ行き、土器橋付近で東へ折れ、JR高架下を通って宇多津・郷照寺へと向かいます。実は、道隆寺から丸亀城下へ入った遍路道は、通町から北へ行き、御供所(ごぶしょ)町を通るルートもあり、そちらは土器橋付近を渡って東へ向かいます。つまり、土器橋の東側で2本に分かれた遍路道が合流したようです。

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 「文政四(1821)年」。
 四国新聞「辿る―遍路道学術調査から(16)」では、常夜灯と遍路道標を兼ねるものとしてもう一つ、寿覚院付近の金比羅灯籠をあげています。台座に「右七七番鴨道隆寺二八丁・左七八番宇多津道場寺三三丁」とあるそうです。よろしかったら、以前紹介した寿覚院近くの金毘羅燈籠の写真を見てください(手の印がある道標にも「右七拾七番・左七拾八番」と書かれています)。

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 ついでに、少し古い写真ですが、2つの常夜灯の向かいにあったお地蔵さまです。

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 いまは、土居町北部自治会前に移動しています。中野餅屋のある通り沿いですが、これが遍路道。風袋町からここを通って、蓬莱橋西側に来ます。

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 おまけ。丸亀市資料館にある、四国遍路の父・真念さんがつくった道標です。奥に見える小さい道標。どこにあったのかは不明です。その左の大きいのは、「烈女 尼崎里也(あまがさきりや)宅跡」の石碑。





  1. 2015/02/24(火) 18:38:56|
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犬の知人

Author:犬の知人
丸亀で生まれて、いまは高松の住人。2・3歳のころ見たマリンコングや七色仮面を覚えている。高校生の頃に使ったある参考書の臭いをありありと覚えている。etc.・・・記憶が残るほうなので、郷愁を感じるものが好きである。

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